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大阪市 住まいのガイドブック あんじゅ

家・町を飾ること

大阪くらしの今昔館9階近世展示室

大阪くらしの今昔館9階・近世のフロアでは、4月10日に夏祭りのしつらいに模様替えをしました。重岡良子さんの華やかな花鳥画展とあわせて、季節感にあふれた展示を楽しんでいただくはずが、緊急事態宣言の発出ですぐに休館になってしまい、館長として残念な気持ちでいっぱいです。

 

季節にあわせて常設展示のしつらいを替えることは、今昔館の特徴のひとつです。私は、本業である歴史的町並みの研究に併行して、祭りでの「空間演出」の研究を行ってきました。今昔館の展示替えには、この研究の成果が活かされています。

 

家や町には、それぞれの形があり、その形になんらかのしつらいを施すことで、雰囲気や見栄えを変えることが「演出」にあたります。今昔館の夏祭りのしつらいでは、幔幕・提灯・屏風・造り物、お迎え人形、それに通りの天神丸などで、近世大坂の町並みが演出されています。

 

この研究のきっかけになったのは、いまでは重要文化財となっている京町家の保存のお手伝いをしたことでした。そのお宅は伝統的な京町家の形をよく残し、保存状況も良好で、京都市内に現存する大規模な町家建築として、高い歴史的価値を有する建物でした。

 

そのことが文化財指定のポイントでしたが、私が興味をもったのは、四季折々のしつらいで、とくに祇園祭のお飾りでした。奥座敷の屏風・立花も素晴らしいのですが、通りに面した店の間のお飾りは、幔幕・提灯で飾られた山鉾町の家いえ(現代的な建築も)と一体になって、通り全体がすばらしい空間演出になっていました。

 

祭りといえば、華やかな曳山巡行や夜店の賑わいにばかり目がいっていたのですが、この仕事からは、全国の祭りのしつらいの調査を、機会があるごとに行うようになりました。

 

全国を歩くうちに、さまざまな空間演出があることが分かりましたが、通りに対して開放的であること、部屋どうしを続き間として使うこと、軒下が通りと家をうまく関係づけていることに共通性が見られました。そのいっぽうで、地域それぞれの特徴を見出すことも楽しい経験でした。

 

人に人柄があるように、町並みにも、価値観・美意識(町柄、村柄と言っていいでしょう)が表れますが、祭りのしつらいにはより鮮明に表れます。また、家・町のみせどころが、うまく演出に組み込まれていました。

 

天神祭では、通りや川筋のここかしこにしめ縄が飾られます。また、軒下に幔幕・提灯を飾り、大川に面したお座敷に屏風をたてて、にぎやかに飾るお宅を何軒もみつけることができました。古い絵をみると、大阪でも、通りに面した店の間に屏風をたてまわす祭りのしつらいが一般的でした。また、いろいろな造り物も店の間に飾られていたようです。

 

こうした祭りの飾りが、訪れる人びとを楽しませ、町に住む人びとの連帯感を高めます。こうした社会的効果は、町づくりに積極的に活用していきたいものです。

 

もうひとつ、住み手の立場からみるとどうでしょうか。これまでの研究から思うことは、祭りに限らず、ハレの日に家や町を飾ることは、それらを見直す、つまり再評価するいい機会であることです。通りからどのように見えるか、美しく賑やかにみえるにはどうすればいいのか、年に1回、2回に限られているからこそ、日ごろと異なる目で、家や町を見直すことができます。

 

町や通りに目をひろげると、町並みのみせどころ、活用しがいのある空間をさがすこと、といった、住む町・勤める町の、再発見・再評価の機会になるはずです。伝統的な祭礼では、長い時間をかけて、町柄・村柄が表出する形で飾り方が定型化しましたが、現代都市でも、地域の祭りはもちろん、マンションでの地蔵盆、住宅地のクリスマス・イルミネーション、都市空間を舞台にしたアート展など「家・町を飾ること」が引きつがれています。

 

昨年は、コロナ禍でさまざまなイベントが中止になりました。長年調査をつづけている伝統的な曳山行事もほとんどが中止になりました。今年もむずかしいかもしれません。ただ近い将来、早ければ来年・再来年には再開できるはずです。それを機会に家や町をもう一度見直す。そして、演出しがいがある場所をさがし、飾り方を考え工夫する。コロナ禍を逆手にとってトライしたいものです。

大阪くらしの今昔館館長 増井 正哉