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第3回大阪市ハウジングデザインシンポジウム【2】

投稿日 2016年7月21日(木)
更新日 2016年7月21日(木)

 https://www.sumai-machi-net.com/symposium/archives/4086 からの続き

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パネルディスカッション

「あなたの夢が実現!リノベーションで住まい・暮らしはこう変わる」

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<コーディネーター>
 髙田光雄氏(京都大学大学院教授)
 <コメンテーター>
 大谷由紀子氏(摂南大学准教授)
 <パネリスト>
 赤川貴世友氏(インテリアデザイナー、ビルリノベーションの住まい手)
 徳田光弘氏(九州工業大学大学院准教授)
 枇杷健一氏 (㈱アートアンドクラフト取締役 設計監理部門マネージャー兼プロパティコンサルティングユニットリーダー)

単身世帯や長屋に注目

1563 髙田 地元大阪でのリノベーションの事例を枇杷さんと赤川さんに発表して
いただき、その後、ディスカッションしたいと思います。
髙田 光雄氏  

枇杷 94年に設立したアートアンドクラフトは、98年からリノベーション・再生事業を大阪で行ってきました。4年前に沖縄支店をつくり、今は2つの拠点で建築の再生事業と宿泊業をしています。
 建築の再生事業では、不動産会社として「大阪R不動産」の運営。設計事務所、工務店として「自由設計」と「TOLA」というセレクト型リノベーション商品で設計施工請負をしています。
   

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    枇杷 健一氏

当初は購入した中古不動産を改修して再販しました。供給者視点ではなくユーザー視点の住まい・暮らしに置き換え、私たちが暮らしたいと思える住まいづくりに共感してくれるユーザーや不動産オーナーに対し、不動産会社・設計事務所・工務店のワンストップサービスを提供してきました。 

                                                       

 一例が「オトナのひとり住まい」。大阪市のほぼ半数が単身世帯ですが、働くシングルのオトナ向けの住宅が少ない。
広めの学生向けワンルームか狭めのファミリータイプの住戸で我慢しています。そこで新婚向けの2DKの古いアパートやマンションを、ステュディオタイプ(約35㎡)や1ベッドルーム(約50㎡)にリノベーションして、単身世帯に発信しました。反応は大きく、中古物件の仲介とリノベーションをお手伝いする機会が増えました。1508

 大阪市には古い長屋が残っています。長屋のオーナーをコンサルティングすると、ボロでだめなので、新築に近づける改修をするしかないと思い込んでいます。

一方で、長屋に魅力を感じ、暮らしてみたいと思っている若い世代がいます。レトロで懐かしい、ペットが飼える、趣味が生かせる…長屋を体験してみたいと思っています。
 大阪R不動産のホームページで「長屋」のアイコンを設け、長屋をもっている人と住みたい人をマッチングする事業として長屋再生を始めました。不具合な箇所のみ修理し、水回りなどを清潔にするぐらいの改修で、あまり手を加えすぎないのがポイント。1回目のオープンハウスでほぼ入居者が決まり、住まい手は従前より若返り、賃料も1、2万円アップでき、誰にもハッピーな成功例となりました。この2年で12戸の長屋を再生し、客付けをしました。建物の個性を見極めて少し手を加えると俄然貸しやすくなるという点で、リノベーションという手法が有効です。またもう一つの例として、「暮らしの中で働く住まい」。
 働き方の選択肢が増え、国内労働人口のうちフリーランスは2割ほどと言われています。当社に登録しているユーザーが約5000人いますが、フリーランサーが多い。事務所と自宅の2つの家賃を払うよりも、ファミリー向けの3LDKをリノベして1軒分の家賃ですめばいい。リノベーションを通してフリーランサーにも新しい暮らしを提案していきたいと考えています。

「積層する町家」にリノベーション

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髙田 次に、リノベーションされた住宅の住まい手という立場で赤川さん、どうぞ。

赤川 私は現在36歳で、妻ともうすぐ1歳の子どもの3人の家族構成です。
2013年より自身でリノベーションを手がけた大阪市内の築30年・鉄骨造5階建ての長屋ビルに暮らしています。長堀通り沿いのにぎやかな商業地区にありますが、近所には戦災で焼け残った空堀エリアもあり、昔ながらの落ち着いた住居地区の雰囲気もあります。

 赤川 貴世友氏  

 設計事務所でインテリアデザイナーとして働く私とグラフィックデザイナーの妻は2011年に結婚、当初は大阪市内の賃貸マンションに住んでいました。2012年の後半ぐらいから、家づくりを検討し始め、当初は新築なども検討しましたが、従兄弟が所有していたこの建物を好きにリノベーションしてもよいという話をもらって決断しました。工事費は自身で負担し、最初1年ぐらいは従兄弟から賃貸として借り、途中で買い取らせてもらいました。お隣の所有者とは区分所有になります。

     
 このビルのリノベーションのコンセプトは「積層する町家」です。1フロアの面積は階段室を除くと24㎡程度で、ちょうどワンルームマンションが4つ積み重なったようなボリューム感です。おのずから機能が分化され、1階は以前より入居されていた店舗のまま、2階はワークスペースとリビング、3階にキッチンとダイニング、4階に風呂・寝室・トイレ、5階に倉庫とインナーガーデンを配置し、土足で行き来する階段室で各フロアをつなぐような構成にしました。従来の町家は、表に店や玄関があり、奥に家族が過ごすプライベートスペースと裏庭があり、それを土間の通り庭(土間)がつないでいますが、それを縦に積んだイメージで捉えました。この土間階段は1階の玄関の狭さを解消するだけでなく、書棚やギャラリーの機能をもたせることで、各フロアでの生活を補ったり、フロア間での気分の変化を促す役目をしています。部屋や設備には、お金をかける部分とかけない部分をつくり、メリハリをつけました。子供が生まれる前は、平日はほぼ3階と4階が生活の中心でしたが、子供が生まれてからはまた生活スタイルに変化が出てきてます。
 中古住宅・ビルをリノベーションする際にはリスクもあります。アスベストや耐震基準適合も調査しました。他、都心部居住ならではのリスクで外壁に落書きをされたこともあります(笑)。今回のプロジェクトを通じて思ったことは、家づくりは、自身でお金と知恵を出して取り組む人生の一大プロジェクトです。これから家づくりをされる方には、存分に楽しんでもらいたいと思います。また、楽しいと同時に、私のような仕事で設計に携わっているものでも、リノベーションはやはり大変です。私は大学時代の先輩に協力してもらいましたが、客観的にものを見てくれる頼れるパートナーを見つけることも大切なことだと思います。

リノベは特殊解か一般解か

髙田 大谷さん、二つの事例にご感想、コメントをお願いします。
大谷 リノベーションは率直に楽しく、自分だけの暮らしやライフスタイルが実現できるのが醍醐味です。おしゃれで、暮らしの形が明確ですが、逆に「特殊解」になっていないでしょうか。次第に標準化されていくとは思うのですが、特殊解でつくった住戸には次の借り手は見つかるでしょうか。住み継がれていくでしょうか。
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  大谷 由紀子氏

徳田 どこにもない、唯一な家を求める潜在ニーズはあります。賃貸不動産市場では特定の数に支持されれば、特段に不特定多数に支持されるような一般的な計画性をもたなくてもよいので、次の借り手は出てきます。今までは、家の形に住み手が合わせて暮らしてきましたが、やっと暮らしに合わせた住まいになってきたと思いますね。                                                            

枇杷 リノベーションを始めた当初は、新しいものを求めるとんがったユーザーに支持されました。12年やってきて、最近はごく普通の人がリノベーションを選択し、一般化してきたと実感しています。時間と金額を抑えるセレクト型リノベーションの仕組みづくり「TOLA」事業も始めました。

当社おすすめのプラン集から間取りや厳選した建材パーツなど自分に必要なものを選んでもらい、明解な価格体系を示します。リノベーションは特殊解ではなく一般解になりつつあります。リノベ物件の空きを待っている登録者も絶えません。今後は、ユーザーが自分の住まいを編集できるDIYに向けたサービスも充実させたいと思っています。
髙田 「TOLA」は、いわばリノベーションのメニュー方式で、相談時間も短くて済み、多様なライフスタイルの人々のニーズを引き出しやすい方式ですね。一方、不動産市場では、特殊なものであっても、1戸に1人の入居者を見つければいいわけですから、明確なライフスタイルの提示があればいいとも言えるわけですね。
大谷 リノベーションはこれまで、ニッチで潜在的なニーズを探しているので、希少価値があったと思います。今後、リノベーションがもっと一般化してきたらどうなると考えますか。
徳田 特殊解、一般解のどちらか一つと考えるより、今はいろいろなニーズに対する「多目的最適解」が問われていると考えます。今の大谷先生の話は市場性の話だと思いますが、今ある資産を償却すれば価値はゼロになります。その時点から建物の価値を発見し、金を生むエンジンをつけることがリ
ノベーションのポイント。「リノベーション」の定義も、時代によって変わってくるでしょうが、市場の原理という点でニッチではないと思います。
髙田 個性的な暮らしの実現という点では、新築が一番やりやすいと思いますが、赤川さんがあえて制約条件が強いリノベーションを選んだのはなぜですか。あるいは、個性的な暮らしは結果なのでしょうか。
赤川 30代半ばから何千万円の新築物件を35年ローンで購入していくことと比べ、ストックを活用してリノベーションすればコストを抑えられるし、ローンも短くて済むので、自分としてはリスクが小さいと思いました。そういう意味でもリノベーションは、自分にとっては一般解で、手ごろ感があるのが魅力でした。1軒目のリスクを抑えておけば、次の選択も広がるかなと思いました。 
 職業柄、既存ストックの活用に目が向いていましたし、家族の理解もあり、この住まいを選びました。子どもが育っていくうちにフロアの使い方も変わってくると思います。都心部に暮らす魅力を最大限に活用する上ではリノベーションの魅力は大きいですね。

地域社会にもポジティブになれるか
大谷 古い空き住戸や空きビルを活用して、自分の希望する個性的な暮らしができるのがリノベーションの大きな魅力です。自分の専用・専有部分は満足できますが、マンション全体の課題、例えば管理組合の管理・維持の課題や安全性、戸建ての場合なら地域社会とどう向き合っていくかなどにはあまり目が向かないのではありませんか。自分の住まい部分以外の周囲にどうポジティブになれるでしょうか。
徳田 今までつくってきたシステムの齟齬の問題だと思います。マンションの管理・維持は、スマートな事業を目指しつつもクレーム産業になっているのが実情です。効率的ではなく手間はかかるかもしれませんが、「ちょっとしたコミュニティ」をつくっておく方が実はリスクが少なく、多様な価値を呼び込んでいけると感じます。住民同士が挨拶をする関係をつくる、電球が切れたら自分たちで変える…ぐらい誰でもできますよね。今までのシステム、今の一般解を、一度疑ってみるのもいいのではないでしょうか。
 コワーキングスペースの「COCLASS」をつくった時に、いろいろサービスを充実させていくと、逆に事業リスクが大きくなると考えました。「このサービスがない」「あれが足りない」とクレームが増え、コストがかかって家賃が上がり、負のスパイラルに陥ります。サービスはつけず自治させる。みんなで考えると結局、豊かな関係を築く結果となりました。
枇杷 マンション全体の安全性で言えば個人のお客様が、中古とリノベーションによって自分らしい住まいにしたい、と相談にこられる時に「買おうとしているマンションが旧耐震ですが、どうしましょう」という相談が多い。躯体の現状がどうか、どんな設計と施工がされているのか、そこの地盤はどうか。それらの統合的評価で耐力は決まります。旧耐震、新耐震で評価するのではなく、建築士に相談し個々の建物の実体を正しく見ることをおすすめします。最近は住宅のインスペクターに第三者として評価してもらうこともできますし、ユーザー自身が検討物件に納得し購入することが大切なことだと思います。
髙田 徳田さんの基調講演では、まちの編集の手段としてのリノベーションの意義が語られました。赤川さんは、まちに住むという観点から、何か新たな発見や気づきがありましたか。
赤川 空堀は町を歩いていると、本当にいいエリアだと思います。でも、まだまだ町の中に飛び込んでいけていません。子どももできたことですし、町内会活動や清掃活動などを通じて少しずつかかわっていきたいと思います。
髙田 皆さんのお話から、リノベーションは、技術、手法という以上に、既存の建物の価値を発見して活用することに意義があることを再確認させていただきました。また、自分の住む環境を自分でマネジメントすることが大切だというご指摘もいただきました。本日は誠にありがとうございました。

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