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第4回 大阪市ハウジングデザインシンポジウム

投稿日 2017年5月19日(金)
更新日 2021年9月17日(金)

2月11日、大阪市立住まい情報センターで第4回大阪市ハウジングデザインシンポジウムが開催されました。まず第30回大阪市ハウジングデザイン賞と同特別賞に選ばれた物件が表彰され、同賞の30回の歴史を振り返って報告。次いで記念講演とパネルディスカッションが行われ、これからの大阪の住まいと暮らしを考える機会となりました。

 

■■■ 記 念 講 演 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「大阪の都市居住の展望」

まいの4つの概念

住まいは、「住みごこち」「住みごたえ」「住みこなし」「住み継ぎ」という4つの概念、あるいはそれらの組み合わせで論じられます。「住みごたえ」は、1970年代に私がつくった言葉です。本日は、住みごたえのある住まいづくりをテーマに、これらの大阪の都市居住のあり方を展望していきたいと思います。
70年代に日本の住宅政策は「量から質へ」大きく転換しました。戦後の住宅不足が解消し、住宅の量的充足が実感される一方、質の低さが問題となり、住宅政策の転換が迫られました。特に1973年は、第一次石油ショックが発生するとともに、すべての都道府県で住宅総数が世帯数を上回ったことが確認された(住宅統計調査)転換点でした。
住宅の「質」とは何か…。住宅の規模やキャパシティ、性能、多様性・選択性、住環境などさまざまな観点から議論されてきました。70年代当時は、住宅に「性能」という概念をあてることも、「環境」を含めて住宅を考えることも一般的ではありませんでした。

まいと住まい手が相互に働きかけると

住宅性能は住宅の手段的価値を示す典型的指標です。住まいが住まい手にどれだけ高いサービスを提供できたかを示します。住宅性能が高くなると住まい手の満足度、つまり「住みごこち」も高くなります。しかし、多くの住宅関係者は、より性能の高い住宅をつくろうと努力しては挫折してきました。住まい手の満足には限界があるからです。住まいから住まい手への一方的なサービスの度合いで生まれる「住みごこち」に対して、住まいに対して住まい手がかかわる、両者が相互に働きかけることで得られる満足度が「住みごたえ」です。これは、「住みごこち」とは異なる住宅の非手段的価値だと理解することができます。
「住みごこち」と「住みごたえ」が継続的に創出されてくることで、「住みこなし」が生まれてきます。生活を建物に合わせる、建物を生活に合わせる…幾重もの組み合わせから「住みこなし」は成立します。
さらに、子や孫に継承するだけでなく、赤の他人、第三者が住んだ時にも同様に満足できるような住まいの価値が「住み継ぎ」です。住み継いでいくためには適切な保全や改修、既存住宅の流通が必須となります。
最近、「DIY賃貸」が注目されています。既存の建物を改修する余地を住まい手に提供し、住まい手が住まいづくりにかかわる住宅です。ただし、自分に合った住まいを自分だけでつくる住まい手はごく一部。必ずしも大規模な改修や変更をしなくても、DIY賃貸のもつテイストに魅力を感じたり、改修をやろうと思えばできる環境の中で生活することにポジティブな価値を見いだしています。このような住まいに対する多様な価値観が、住まい手の満足にフィードバックされます。

阪の裸貸しは画期的なSI住宅

大阪は、どこの都市よりも「住みごたえ」に関する素地をもっていました。近世の大坂には整然とした木造長屋、つまり賃貸住宅がありました。表通りに面した表長屋と、その後ろに裏長屋。長屋を貸す大家さんは柱、梁、屋根、外壁などを所有し、借りる側の店子は畳、襖、障子、流し、竃など内装にあたる部分を調達します。これが「裸貸し」といわれるシステムです。近世から戦前まで、日本の大都市は多数の借家と少数の持家で構成されていました。1941年当時の借家率は大阪で9割、京都で8割、東京で7割5分でした。
大家がスケルトンをもち、店子がインフィルをもつことには合理性があります。店子の多様な要求を満たし、管理トラブルも回避できるからです。しかし、江戸では実現できなかった。江戸の住宅寸法体系は、柱割(心々制)で、部屋の形が違えば畳の大きさが違いました。
一方、大坂では畳割(内法制)で、畳の大きさはすべて同じ、室内にある建具すべてが標準化されていました。互換性があり、どこへ住み替えても使えるのです。住宅部品を売っている店があり、建物が建つ前に障子や襖をつくる見込み生産も、古い部品のリユースも可能でした。標準化された部品の組み合わせで家ができているから、大阪では裸貸しが成立したのです。
現代の裸貸しともいえるスケルトン・インフィル(SI)方式は、量から質への転換に応えるための一つの解ともいえますが、70年代に実現するにはさまざまな工夫が必要でした。SI住宅は、住まい手が住まいにかかわることが原則で、現在では「オープンビルディング」という概念で国際的にも論じられるようになりました。一般に、スケルトンの耐用年数は100年、インフィルは15年と言われますが、すべてのインフィルを15年で交換するのが本当にいいのかは別の問題。部分的には長寿命の愛着型インフィルも必要です。

まい手がまちづくりにかかわる

さらに、住まい手が住まいだけでなくまちともかかわる。まちとの間でも住みごたえがないと、愛着は生まれません。戦後の大阪では、住まい手がまちに対して住みごたえを実感できるような都市型住宅の開発が多数なされました。
大阪市住宅協会(当時)「法円坂団地」や「川口ビル」、日本住宅公団(同)の西長堀アパートなどがその好例でしょう。大阪市営古市中住宅(古市団地)は、区画整理地を再編集して、家だけでなく公園、学校などさまざまな都市の施設を「まち」として一体的に開発した日本で初めての団地です。その後、公団の「香里団地」、さらに大阪府の「千里ニュータウン」へと展開し、日本型ニュータウンが育っていきました。今はストックの時代となり、多様ないえとまちの再生が行われています。住まい手が参加して、いえとまちの再生に取り組んでいけるのは、もともと大阪で、先駆的な住まいやまちづくりがなされてきた土壌があったからこそ。今回の大阪市ハウジングデザイン賞で選ばれた作品も、まちづくりに住まい手がかかわったことが大きく評価されています。
裸貸しやSI住宅、都市型住宅やニュータウンを蓄積してきた歴史の中に、住まいと住まい手とまちのかかわりが「住みごたえ」につながっていく、大阪の都市居住のあり方が見えるように思います。

■■■ パネルディスカッション ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

次なる時代へ…住まいと暮らしのこれからを考える

パネリスト:遠藤 剛生氏、小川 宗治氏、木本 孝広氏、竹原 義二氏 コーディネーター:髙田 光雄氏

ちと人にかかわる

髙田 小川さんは大阪市住之江区に長く住み、今はアクティブなまちおこしをしていらっしゃいます。

小川 人工島の咲洲にある南港ポートタウンで生まれ育ち、結婚を機に一時期外に出たものの、子育てとマンション購入を機に戻ってきました。中古マンションを購入し、3LDKを1LDKにリノベーションして暮らしています。
ポートタウンは1キロ四方に集合住宅が建ち並び、現在2万1000人ほどが暮らすまち。幼稚園や保育園が多く、待機児童はゼロ、他の地域からバスで子どもが来るほどです。まちの16%が緑地・公園で、春のお花見はよそへ行かなくてもまちでできます。許可がない車はまちに入ることができず、信号もありません。安全で豊かな環境で子育てをするにはもってこいの立地です。
さまざまな地域活動を始め、今では21団体の地域活性化活動にかかわっています。私が副委員長を務めている咲洲まちづくりプロジェクトチームは、政や大学の人と一緒にまちおこしをしています。イベント部会、魅力発信部会、ウェルネス部会の3つがあります。ここを好ましく思って暮らしたいと思う人を増やそうとイベントをしたり、まちの魅力をPRしたり、ウォーキングやジョギングが心地よくできるよう道を整備したり、芝生広場を活用してマルシェを企画したり、幅広い活動をしています。自分のできる力を発揮し、さらにまちおこしをしたいですね。

髙田 “つくる賃貸”を提唱しているのが木本さんです。

木本 宝塚市で、阪急「小林」駅から徒歩15分に、4棟36戸と47台の駐車場を所有していましたが、2012年11月、築50年の老朽化した1棟の5軒長屋の全室が空室になり、父から売却しようか、と相談を受けました。建て替えや売却ではなくリノベーションしようと提案すると、父も親戚の不動産会社も大反対。いっそ自分が住みたいと思えるような家につくり替えようと思い、新しく工務店を探しました。
自然の無垢素材を内装に使い、愛着をもってもらおうと入居希望者に床のワックスをかけるイベントに参加していただきまた。“つくる賃貸”を標榜した「INNO HOUSE」は完成前に満室に。住まいをきっかけに「人と人がつながった」と実感しました。その後も入居者の結婚式をしたり、引っ越す人の卒業パーティーをしたり。住みたいと思う家は比較的ハード面と関係しますが、住んでよかったと思う家はソフト面や人とのつながりが関係します。
駐車場にしていた敷地には賃貸住宅を新築しました。1階にカフェが入り、木造3階建て、10戸の「karakusa」が誕生。収納を設置しない代わりに、棚は自分でつけていい、壁を塗ってもいいとしました。興味のない人はここを選びませんが、自分らしい部屋をつくろうと手を動かす人は入居してきます。入居者を選べる家なのです。そのうち大家業とは一つの物件を通したまちづくりの仕事なんだと考えるように。でも、最初にまちづくりをしようと呼びかけても誰もついてきません。自分らしい部屋をつくろうと呼びかけ、住まいができたら、そこから外へ滲みだしていく…そんなプロセスが必要です。コミュニティをつなげることがまちづくりにつながる。「つくる賃貸」を通して人とまちをつなげていきたいですね。

ノベーションで住宅とまちの再生

髙田 竹原さんや遠藤さんは建築家として活躍しています。


竹原 戦争や震災を逃れて生き残った築100年の「豊崎長屋」の改築で、7年前に大阪市ハウジングデザイン賞を受賞しました。400坪の敷地に14軒の長屋と大家さんの住む母屋がある。奇跡的に残った木造住宅で、相当劣化しており、耐震補強をしないともちません。
大家さんは、アスファルト舗装をせずに土の路地を残したいという建築家は家の医者で、木造住宅を診断した後に論理的・力学的に直すことができます。どこを削り、どこを残すか研究した上で、土壁をめくり、柱のくぎをぬき、ペンキをはがし、洗いをかけ、磨きます。襖など建具も洗い、紙を張り替えました。天井裏からも床下からも大量のゴミが出てきましたし、新たな壁もつくりました。大学の学生たちと本当に「手仕事」で改修しました。リノベーションとは、住まいの手入れをする技術でもあります。
リノベーションにかかわった学生がここに住みたいといいだし、全員が入居。彼らが卒業すると、住まい手は変わります。新しい住まい手には、今まで住んでいたマンションとは違う、木の床があり、庭があり、優しさがあると好評でした。外国人が来ると、ここには日本があると感動します。
住まいをリノベーションすることで住まいが再生され、住みごたえが生まれ、まちの再生にもつながります。相続のことを考えれば、都心の住まいは消えざるをえない。それに対して何を提案できるのか。経済価値だけで動いている大阪というまちに、いかにストップをかける勇気をもてるか。自分が住んでいるまちに愛着をもち、丁寧に住宅を扱うことで、住みごたえのあるまちや住まいになるのではないでしょうか。豊崎長屋は、大家さんの「ここを残したい」と愛する気持ちが根底にあったから再生できたのです。

遠藤 私は1959年、大阪市の設計の仕事を皮切りに市営、府営、公社、公団などの公営住宅や民間分譲の建築にかかわってきました。公営住宅の標準設計は1952年から始まり、70年代に量から質へ転換します。当時、質の向上は床面積を広げることなんていわれていましたが、それは違うだろうと思っていましたね。戦後復興期から公営住宅は「明るい、健康的、快適だ」と受け入れられてきたのに、70年代以降は「狭い、設備が劣化、エレベーターがない」と民間住宅へ人は流れていきました。90年代に
都心回帰がおき、郊外住宅より容積率の高い立地への転換も進みました。公的住宅では2000年代から内装や団地の見直しが始まりました。
集合住宅はとかく「戸」「棟」と“数”でとらえられ、住宅の中身を深く追求されにくいきらいがありました。1戸1戸を積み重ねて都市をつくっていくという考えが大切ではないかと当時、先輩の先生にたてついたものです。幸いにも、いろいろな集合住宅のプロジェクトにかかわり、すべての設計、住棟配置、まちづくりを自由に任せてもらいました。
そのうち、さまざまなデベロッパーが参入し、豊かな住環境をつくるより、経済性を優先し、息苦しくなってきました。デベロッパーは、集合住宅は四角い箱だと思っていたのかもしれませんが、私は1戸1戸がまちをつくると考えて設計しました。集合住宅のいろいろなプロトタイプをつくった自負があります。今はUR住宅のリノベーションに参画し、かつてと同じように楽しみながら再生の仕事にかかわっています。公営住宅は、これからの新しい住まいの価値を見いだせるのではないかと思います。

と人が「つながる」ことの大切さ

髙田 小川さん以外はみな住まいのプロで、供給側の人ですが、小川さんは住まい手として違和感を感じますか?
小川 どんなに高性能の立派な住宅に住んでいても、一歩外へ出てまちや地域になじめなかったら楽しくない。まちづくり活動をしている今は、住んでいて楽しい。私は、「子どもたちが楽しめる」「子どもたちと高齢者がつながる」活動を目指しています。8人しかいなかった子ども会を10人まで復興しました。一つひとつ地味な活動を積み重ねるしかありません。
このまちでは、賃貸住宅はほぼURの物件で管理が行き届き、分譲マンションは計画的に大規模修繕をしているので美しいです。私も、この住宅を選んだからには修繕費用を積み立てて、次に住む人にきれいな住まいをつなげたいと思います。現実的には、共同アンテナをつけよう、サッシを二重にしようといろいろ提案がでるのですが、それに対する合意形成には大変な労力と時間がかかります。
木本 合意形成という点で、賃貸住宅では大家さんがビジョンを示すことで、コトは進んでいきます。うちには、比較的同質の入居者が集まっているので、合意が形成されやすいメリットがあります。分譲物件だと、その同質性をどう追求していくのかが課題ですね。
竹原 私は今、コーポラティブ住宅に住んでおり、先だってエレベーターを新設置しました。それができたのは、ずっと入居者で夏祭りを実施し、掃除業者を頼まずみんなで掃除をしながら、時間をかけて住みごたえのある住まいにしてきたからだと思います。管理も改修も何もかも人任せにしていると、人がかかわってつくられる住みごたえは生まれにくいのではないでしょうか。

遠藤 URの分譲住宅280戸の建替えにかかわった時のこと。これまで何度も頓挫したプロジェクトでした。計画地の北側に戸建住宅地があり、最初に掲げた計画の「目標」の一つに、「近隣のみなさんからも評価される住宅をつくる」を据えたのです。毎週金曜の夜に集まり、みなで目標をどう達成するか考え続けました。結果的にはスムーズにトラブルなく建替えられました。着工までに2年かかりましたが。

髙田 最後に、次なる時代の住まいと暮らしを考える上で、ジェネレーションの違うみなさんから一言お願いします。
 

小川 まちの次の担い手を見つけることと、若い人が気楽にまちに入れる仕組みをつくることが今の課題です。連合町会ではたくさんの人がかかわる祭りに参画させてもらい、次に入ってくる人のために敷居を低くする取り組みをしています。春はバーベキュー大会を企画して、「500円で食べられます、飲み物だけもってきて」というと、知らなお父さんやお母さんがどんどん出てきた。出会いの場をつくり、まちの担い手が二代、三代、四代…とつながっていけるよう活動していきます。
木本 大阪市ハウジングデザイン賞を受賞している物件は、すでに住まい手の多彩なニーズに応えていると感じました。
こうした先進事例同士がつながっていけば、さらに面い動きが生まれると思います。建物の共用部分や空き地を利用すれば、カフェ、マルシェ、イベントなどの企画は実現しますが、大家一人の力では限界がある。自身が持つ物件やその収益性のみにこだわらず、パブリックマインドを持った大家同士がつながっていけば、まちづくりがはじまると思います。積極的に連携していきたいですね。
竹原 住宅の「質」とは何か、数字で表せないところの質を考えていきたいと痛感しています。最近、幼児や高齢者、障がい者向けの施設をつくろうとすると、ともかく反対するようなムードがありますね。自分たちの住まいを守るために反対という姿勢なんだけど、大きな都市で住み続けていくには何が必要かという発想が薄い。価値観が貧困で、反対してしまう。これは住宅の質が落ちているからではないかと危惧します。現在の自分の家を愛しつつ、次の世代にリレーできる住まいの質について考え直したいと、今回のシンポジウムで自分の課題を見つけました。
遠藤スクラップ&ビルドの手法では、環境形成の観点からは前と後がまったくつながりません。整然としているが堅くて非人間的な空間になります。古いものを再生するには、古さを生かしながらも、「手を加える・捨てる・残す・新しく加える」の4つの要素を計画にしっかり盛り込むこと。過去の様相や生活文化・歴史を残すことで、まち全体を連続させていくのです。雑然さは悪い価値ではなく、やさしく、やわらかく、多様で、奥行きと深みがあります。歴史を重ね、つながりやまちのコンテクストを読み込みながら、古いものを生かしたまちづくり。古さを残し、まちの個性を育て、時代とともにまちや建物が更新されながら生きていく、そこに人の豊かさがあります。

髙田 いろいろな立場からたくさんの課題が出てきました。これからもさまざまな議論の場が必要で、この住まい情報センターがそんな場として機能していければと思います。

「大阪市ハウジングデザイン賞」の歩みを紹介

大阪市内で建設された魅力ある良質な都市型集合住宅を表彰する大阪市ハウジングデザイン賞も今回で30回目を迎えました。同賞は、都市居住の魅力の創出とその活性化をめざす「大阪市HOPE計画」の一環として昭和62年に創設されたもので、これまでにハウジングデザイン大賞2件、ハウジングデザイン賞72件、同特別賞10件の計84件が受賞しています。

大阪市の担当者は、『この30年を振り返ってみると、社会経済状況の変化などもありましたが、コーポラティブ住宅、周辺と調和した賃貸住宅、環境共生住宅、タワーマンションをはじめ、多様なニーズや地区特性に応じた水準の高い新築住宅が数多く表彰されてきました。また、古い事務所ビルからのコンバージョンや木造長屋の改修、分譲マンションの耐震改修や維持管理など、既存住宅の優れた改造や住宅・住環境が良好に保たれたものも表彰されるようになってきています。』と報告。
会場にはすべての受賞作品の写真が展示され、シンポジウム参加者は熱心に見入っていました。

※ 第30回大阪市ハウジングデザイン賞の表彰式については、「住まいのガイドブック”あんじゅ70号”14ページの『大阪市からのお知らせ』」をご覧ください。