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第5回 大阪市ハウジングデザインシンポジウム

投稿日 2018年6月9日(土)
更新日 2018年6月9日(土)

いろいろな世代で暮らしを再考!

「住まい・まちの価値をつくる『住み継ぎ』の手法」

平成30年2月10日、大阪市立住まい情報センターで第5回大阪市ハウジングデザインシンポジウムが開催されました。第31回大阪市ハウジングデザイン賞・同特別賞が表彰され、髙田光雄同賞選考有識者会議委員長は「賃貸集合住宅の新築・建て替え・改修事例に、良質で挑戦的な試みが見られた」と講評しました。次いで、記念講演とパネルディスカッションが行われ、これからの大阪の住まいとまちの価値や住み継ぎの手法を考える機会となりました。

記念講演 「未来の都市(日本)のあり方とリノベーションの関係」 

u.company(株)代表取締役、(一社)リノベーション住宅推進協議会会長 内山 博文氏

                                                   内山 博文 氏

[うちやまひろふみ] 不動産デベロッパー、都市デザインシステム(現UDS(株))を経て、2005年(株)リビタ代表取締役。2009年同社常務取締役兼事業統括本部長、リノベーションのリーディングカンパニーに成長させる。同年(一社)リノベーション住宅推進協議会副会長、2013年同会会長。2016年u.company( 株)設立、同年Japan.asset management(株)代表取締役。1968年愛知県出身。

                    

良質なリノベーションの「見える化」

 これまでに約70プロジェクト2500戸の既存建物のリノベーション(以下、リノベ)に関わりました。住まい手目線の住まいづくりの仕組みづくりを推進する一方、2009年に一般社団法人リノベーション住宅推進協議会の設立に関わり、現在、会長を務めています。協議会には全国の約900社が加盟しています。

 リノベには新築の建築確認に相当する基準がありません。良質なリノベの「見える化」や事業者の啓発・育成をしています。具体的には統一規格に則り「建物検査・改修工事・報告書発行・保証・住宅履歴保存」を行った物件を「適合リノベーション住宅」と称し、安心して選んでいただける仕組みづくりや優れたリノベ物件を「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」として表彰しています。

人間中心でまちの魅力形成へ

 1975年ごろから1992年ごろにかけてリフォームという言葉がよく使われました。その後、日本のスクラップ&ビルドに疑問をもった若い世代が店舗や倉庫をリノベする動きが2000年ごろまで続きました。リーマンショックを経てリノベ事業者が出現し、インターネットの普及とともにリノベの認知度が上がり、事業者は多様化しました。国も支援し始め、今やまちづくりやまちの再生のためにリノベが注目されています。 デンマークの都市デザイナーで建築家のヤン・ゲールさんは、持続可能な都市のためには、人間中心のまちづくりが大切で、ヒューマンスケールを考えた公共空間のデザイン、資源・ストックの活用が必要だと言います。建築家の隈研吾さんは、都市は機能分離されてつくられてきたが、今後は境界がゆるく、曖昧であることがまちの魅力になり、医・食・職・住の混在が必要ではないかと言います。

 これからのまちづくりのキーワードは「多様性」「人間中心」「ヒューマンスケール」「センシュアス(官能的)」ではないでしょうか。私は、住む場所と働く場所、遊ぶ場所が近く、それぞれが交錯している大阪はそのような観点でとても魅力的なまちだなといつも思います。

プロダクトアウトからマーケットアウトへ

これまで日本の不動産・建築市場は、新築優先・供給者側主導で、売るために合理的なものだけをつくるプロダクトアウト型でした。今や800万戸以上が空き家で、人口も年々減少する時代です。事業者はマーケティングの前提条件を取り払い、ゼロから視点を変えなくてはなりません。消費者も「家を買った方がいい」「住まいを自分好みにすると後々売れにくくなる」などの情報をうのみにせず、自ら暮らしを考えていただきたい。顧客が主体的に住まいづくりに参画するマーケットアウト型に移行しなくてはなりません。

 住宅への投資額と資産額には、500兆円の差額があると言われています。消費者は買った家の価値を500兆円も失ったのです。住宅着工数は2030年には53万戸へ減少し、空き家率が30%になる予測があります。少子高齢化が進み、生産年齢人口が増えない、家を買える人が減るなど暗い話ばかりです。

 2016年、首都圏で中古マンションの購入が新築マンションより多くなったことは唯一明るい話題でしょうか。リノベの認知度が上がったおかげもあると思いますが、それでも首都圏で新築・中古がやっと半々。地方にいけばまだまだ新築優位は変わりません。

抜本的にストック活用へシフトを

 長らく、国も不動産業界も金融業界も、新築至上主義をバックアップしてきました。住宅の機能性を優先し、機能を上げることで消費を促し、消費者も新しい機能を求め続けました。しかし、消費者は本当に住まいと暮らしに必要なことを選択したのでしょうか。買うまでは一生懸命なのに、購入後はメンテナンスに熱心に取り組みません。そんな日本人の考え方や暮らし方を見直し、我々もサポートしないといけないと思います。

 欧米では中古住宅の流通市場が世帯あたり日本の3〜4倍あり、ストックが活用されています。建物の価値が下がらないので売却しやすく、何度か住み替えができます。日本のリフォームの市場規模は7兆円前後で横ばいです。2030年には築30年を超えるマンションが400万戸、今の倍以上になります。それを使わず、まだ新築を建てるのでしょうか。国の総資産額を増やす意味でも、スクラップ&ビルドをやめ、ストックを活用し、建物価値を向上する必要があります。

賃貸住宅建設への過剰な投資

 住宅着工数では、借家のみ右肩上がりです。一時は2万戸割れしていたのに、2万7000戸に増えてきました。相続対策のため、大家さんが借金してでも建てているからです。不動産への新規投資はバブル期を超える12.3兆円となり、賃貸住宅は過剰であると国も日銀も懸念を表明しています。

 今、1800ある自治体のうち896で、2040年までに20歳から39歳の若年女性の人口が半減し、現在の自治体の機能が維持できなくなる可能性があると懸念されています。 大阪の中心部の地価は2014年から上がり始めているものの、住宅地は一坪あたり50万円から70万円で、1980年ごろの水準に収束しようとしています。東住吉区や西成区、生野区などでは空き家率が20%を超えています(平成25年住宅・土地統計調査)。新築ビルの建設ラッシュにより、この1年で3万坪分が増えたのに圧倒的に多い築古の中小ビルは活用されず、これをどう活用するかも、これからの大阪のまちづくりに重要です。

 ネガティブなことばかり話しましたが、これをいかにポジティブに転換できるか。住まい手は、どう関われるか。これからの住まい手は、単にストックを活用するだけでなく、どう暮らしたいか、自分たちのまちがどうあってほしいのか、一人ひとりが実践していかないと何も変わりませんし、人生も豊かになりません。

 リノベは、「ハードを再生する」「だめなものをきれいにする」のではなくて、今から日本に起きようとしている社会問題をハード・ソフトの両面から解決するための手法です。リノベーション住宅推進協議会も、住宅だけでなく、まちづくりにもどんどん関わらなくてはと考えています。

パネルディスカッション 

「住まい・まちの価値をつくる「住み継ぎ」の手法」

<パネリスト>

内山 博文

北村 知里

大阪市福島区 住まい手

[きたむらちさと] 京都大学大学院で住まい手のDIYによる住みこなしについて研究。現在、建設会社設計部勤務。2016年からDIY生活を実践するべく、大阪市福島区の長屋に夫婦で入居、改修しながら暮らす。現在も改修進行中。1988年和歌山県有田市生まれ

小山 隆輝       

丸順不動産(株)代表取締役 不動産コンサルタント

[こやまたかてる]近畿大学法学部卒。1987年、家業の丸順不動産(1924年創業)に入社、2012年代表取締役。大阪市阿倍野区昭和町エリアの長屋や古いビルなどを再生し、不動産の活用を通じてまちづくりやエリアの価値向上に取り組む。1964年大阪市生まれ

豊田 雅子

NPO法人尾道空き家再生プロジェクト代表理事

[とよたまさこ] 関西外国語大学米英語学科を卒業後、JTBのツアーコンダクターとして8年、海外を飛び回った経験を生かして、帰郷先の尾道で2007年「尾道空き家再生プロジェクト」を発足。尾道らしいまちづくりを提唱し、建物を再生・創造している。1974年広島県尾道市生まれ

<コーディネーター>

田 光雄

京都美術工芸大学教授、京都大学名誉教授、大阪市ハウジングデザイン賞選考有識者会議委員長

[たかだみつお] 博士(工学)。一級建築士。専門は建築計画学、居住空間学。居住文化を育む住まい・まちづくりの実践的研究を継続。(公社)都市住宅学会会長ほか公職多数。著書に「少子高齢時代の都市住宅学」ほか多数。1951年京都市生まれ

北村 千里 氏小山 隆輝 氏豊田 雅子 氏髙田 光雄 氏

 

 

 

 

        

    北村 知里氏           小山 隆輝氏          豊田 雅子氏          髙田 光雄氏 

 空き家を負の遺産から活かせる資産へ

髙田 リノベーションを含め、住み継ぎの手法が注目されています。さらに、住み継ぎとまちの価値とをどう関連させるかについて考えたいと思います。豊田さんはなぜ尾道で建物の再生を始めたのですか。

豊田 故郷の尾道は、江戸時代には北前船で発展しましたが、今では港町として栄えた面影を失っています。戦火や災害にあわなかったおかげで、旧市街地には尾道らしい、ヒューマンスケールな風景が残っているのですが、駅から2km圏に500軒以上の空き家があります。故郷に戻ったのを機に、セカンドハウスを探し始めましたが、古民家を扱う不動産屋さんがない。1995年から始まった尾道市の空き家バンクも物件数が少ない。2人の子どもを育てながら6年かけて気に入った空き家を探し、大工の夫と改修を始めました。改修するプロセスをブログで発信すると、全国の若い人から100件以上の問い合わせが入りました。 2007年にNPO法人「尾道空き家再生プロジェクト」を立ち上げ、これまでに20軒ほどの空き家を再生しました。住宅や店舗、工房、ゲストハウスなど活用例は多様です。山側の斜面に、車が入れない幅の道に面して住宅が建っているので、引越しや改修に際して大学生などに手伝いをお願いするなど、人海戦術で再生に取り組んでいます。住宅や空き地を利用して、さまざまなイベントも開催しています。 空き家は負の遺産ではなく、資源なのだと実感します。   

まちを支える「よき商い」の仕組み

 小山さんは大阪の阿倍野区で、不動産のサプライヤーとして住まいの改修やまちの再生に携わってこられました。                                                                                                                                               

小山 阿倍野区の昭和町から西田辺へのエリアは、大大阪時代の人口増加に伴い農村部が住宅地として開発されたエリアで、多くの長屋が残る一方、空き家や空き地が年々増えていました。空き家問題は、個別の不動産だけで解決するのは無理で、地元で精力的に活動する建築家やまちづくりコンサルタントなどそれぞれ専門家とネットワークを形成し、地域・エリアの価値を高めていく中で問題に対処していかないといけません。

 エリアの価値が向上するとは、そこに暮らす人が暮らしの豊かさを実感し、そこに住み続けたいと思うこと。そのためには「よき商い」をつくり、育てることが大切だと考えました。食事や買い物を楽しんだり、古い建物を大切に扱ったり、地域に気配りしてくれる住民や事業者がいる。そんな「上質な下町」を目標に地域性を考慮しながら、よき商いを誘致しようと考えました。 古い店舗付き住宅を改修したり、ビル内を小さな区画に割って女性たちの開業先として支援したり、ビルをゲストハウスにしたり、レンタルキッチンをつくったり、まちのプレーヤーを増やし、小さな成功体験を積み上げました。町家をリフォームしたけど賃貸借契約上そこで事業ができないので、無料でカフェを開き、住み開きをしているユニークな例もあります。

 エリアの情報を発信することも大切です。昭和町界隈の雑貨や古書、スイーツ、カフェなど身近なお店に出会うマーケット「Buy Local」を開き、さまざまな商いがあることを伝え、買い物を楽しんでいただきます。

 私は、住まいをスペックだけで考えない方がよいと思っています。その家を選んだ理由やリフォームした理由、暮らし方やまちの魅力を語ってもらう、ライフスタイルに共感してもらう。これまでの家選びでは「住めるまち」「住みやすいまち」が選ばれましたが、これからは「住み心地のよいまち」ではないでしょうか。

 本業は不動産屋さんでマルチプレーヤーとしても活躍されているようですね。次に、大阪市福島区で長屋の賃貸住宅を改修しながら住んでいる住まい手の一人として、北村さんにお話をうかがいましょう。

暮らしながらDIYを続ける

北村 大学院で学んでいる時にDIYに出会い、いつか自分もしたいなと思っていました。DIYが可能な賃貸住宅を探していたところ、2016年2月、昭和2年に建てられた築90年の古い賃貸住宅に出会いました。大阪市福島区で、最寄り駅には徒歩5分と通勤のアクセスがよく、近くに公園もあります。 間口3m、奥行き12mの細長い二連棟長屋で、事前に報告した部分については、退去時に原状回復は不要という条件でした。5年の定期借家契約で2016年4月に入居しました。

 DIYをすると、費用を抑えられますし、自然素材を使いたいという私の希望もかなえられます。小さな単位の建材建具を使っておけば、次の引っ越し先にも持って行けると考えました。 2階の板間と和室には木製のサッシが付いていて屋根裏部屋があり、古い住宅ならではの風情があります。天井板を外して梁を出現させ、壁紙を剥がして漆喰を2回塗り込み、床材を変えました。大学の後輩や友人たちに手伝ってもらいながら少しずつリノベに取り組み、解体したり塗装したり、専門的な部分は大工の友人に手伝ってもらいました。今のところ、家の半分ぐらいが完成していますが、北村 知里氏  大阪市福島区 住まい手引き続き、週末に少しずつ手入れをします。ここを退去する時には次の人に引き継ぐことができると思います。近隣と仲良くしたり、地域のコミュニティに参加するまでには至っていませんが、歩いていて楽しいし、商店街にもよくでかけます。

 みなさんのお話を聞かれて内山さんどう思われますか。 

内山 尾道の取り組みは、空洞化や高齢化という状況を逆手にとった活動が、まちを魅力的に変えているすばらしい事例ですね。 小山さんは、不動産を上手に活用してもらい、まちのネットワークにつなげていらっしゃる。これまでの不動産業の常識を打ち破った取り組みだと思います。 北村さんは、住まい手にとって、建築を見事に民主化されたのではないでしょうか。ようやく使う人にとって家が自由になりつつあると思いました。

自分らしい住まい方とまちの未来を考える

 豊田さん、家主や地主と住まい手の間をどのようにコーディネートしていくのですか。

豊田 そもそも古い空き家を扱う不動産屋さんがいなかったので、大家さんに直接交渉するしかありませんでした。大家さんに大きな負担をかけず、家のいい味わいを生かそうと心がけました。幸いにも移住者にはクリエイターが少なくないので、現状で渡して安く改修していただいています。結果的に誰にもよい手法かと思います。

 小山さんは、専門家やユーザーのネットワークをどう築かれたのですか?

小山 建築の専門家やコンサルタント、ゲストハウス運営者などはみな地域の居住者、消費者なので、まちとの垣根が低い。よき商いのネットワークであるとともに、まちの未来を考えるパートナーにもなってもらい、みなでまちの価値を考えています。「Buy Local」マーケットは消費者の目線で、どんな店を残したいか、どうまちの未来につなげていくかを考えるいい機会となっています。

認知や評価が高まることで別の課題も

内山 DIY付き賃貸は、従来の常識に縛られず、原状回復不要を打ち出した点が画期的で、活気を呼びこみました。既存の仕組みやこれまでの常識が、自分らしい暮らし方や住まい選びの邪魔をしているのはもったいないですね。

北村 社会の仕組みが変わり、DIY賃貸が徐々に増えていくといいなと思います。現状ではDIYが可能な賃貸住宅は少なく、住まい手にとって選択肢はまだまだ限られているのが残念です。

小山 古い住宅を今の耐震性の基準に改修することは難しいです。予算の範囲で耐震リフォームをするよう大家さんに提言しますし、できなければ借り手にちゃんと説明します。昭和町エリアのまちづくりは、相当自律的に回るようになってきましたが、住み心地のよいまちだ、人が集まり、「よき商い」につながったと認知されるにつれ、家賃が上がる傾向が見えています。「よき商い」に支障が出るようでは困るので、まちを広げ、コンテンツを薄めるようにしたらいいのではないかと思います。

豊田 私たちの成功事例が認知されてくることで、大手の業者やチェーン店の参入が予想されます。まちの価値が上がるのはいいけれど、住みにくくなるのはいやです。尾道は子どもたちの故郷になるのだから、コミュニティも育てよう、ここに帰ってきたいと思うようにしていこうと、まちを育てていきたいです。

内山 リノベやリフォームの業者選びについては、建物に対してちゃんと目利きができるか、建物を読み解けるかが大事です。協議会では加盟業者の育成・啓発に取り組んでいます。耐震リフォームは100万円から200万円ほどでできるので、次の人に住み継ぐためにも手がけた方がいいです。 住み手が主体的に考えられれば、暮らしやまちをよくすることができます。私たちも、それをしっかりバックアップしていきたいと思います。

 今日は、いろいろな立場や住み継ぎの手法について有益なお話をうかがうことができました。子育てと重ねながら住まいやまちを再生する取り組みはすばらしいと思いましたし、リノベの成功によって物件やまちの価値があがり、家賃の値上がりにつながるという問題点の指摘もありました。住まい手が主体となって家に手を入れながら、まちをより住みやすくしていく。ネガティブなことを、ポジティブに変えていく姿勢が問われています。

 

第31回大阪市ハウジングデザイン賞受賞住宅について

第31回大阪市ハウジングデザイン賞表彰式を行いました。234件の応募から、新築物件でありながらあえて長屋形式に挑戦し、昔ながらの長屋の良さに、現代の仕様を組み込んだ「新しい長屋」を提案された「巽NAGAYA」(生野区巽中4丁目)、設計段階から高齢者の声を反映し、ハードもソフトも地域に開かれた居住者参加型の暮らしを提案しているサービス付き高齢者向け住宅「ゆいま~る福」(西淀川区福町2丁目)が同賞を、仕事や趣味と生活が融合する新たな都市型ライフスタイルに対応した単身者向けの賃貸集合住宅「K-SOHO」(淀川区東三国2丁目)が同特別賞を受賞しました。

第31回ハウジングデザイン賞授賞式