ページの先頭へ

第6回大阪市ハウジングデザインシンポジウム(2019年開催)

投稿日 2020年11月30日(月)
更新日 2020年11月30日(月)

わがこと意識で命を守る住まいの備え

 「わがこと意識で命を守る住まいの備え」。これは2019年2月10日に大阪市立住まい情報センターで行われた第6回大阪市ハウジングデザインシンポジウムのテーマです。本特集は、来るべき自然災害の被害を最小限に抑え、命を守るために必要な住まいの防災対策について、各専門家に話をうかがい、シンポジウムで得た教訓を踏まえ、平成を振り返りながらとりまとめたものです。 

災害に対し「わがこと意識」をもつ 木村玲欧氏

兵庫県立大学環境人間学部・大学院環境人間学研究科准教授早稲田大学人間科学部卒、京都大学大学院情報学研究科修士、同博士後期過程修了、博士(情報学、京都大学)。認定心理士、専門社会調査士。専門は防災心理学、防災教育学、社会調査法。「災害・防災の心理学」ほか著書多数。         

 平成の時代には地震や豪雨、豪雪、台風、噴火など大きな災害が発生しました。現在、南海トラフ巨大地震の発生が予想されていますが、「災害は頻繁に発生し、そのたびに命を脅かすものと認識を。自分に直接関係していなくても、自分たちのものと考える『わがこと意識』が大切」と話すのは兵庫県立大学の木村玲欧准教授です。

 災害に何の備えもなければ、すべてのことが「想定外」となりますが、「正しい知識・適切な判断・迅速な対応」を知っていれば「想定内」の範囲は広がります。

 まず、ハザードマップを入手し、近隣の避難所や危険な場所などを知りましょう。早めに住まいの耐震性向上を図り、室内では家具の転倒防止策を施します。

平常時と異なる災害時の人間心理

 基本は「自分の命は自分で守る」。揺れを感じたら津波を連想し津波警報を聞いたら安全な場所に逃げます。津波が起きなくても逃げて損したと思わず、上手な危機管理ができたと思うこと。

 防災心理学の観点から木村准教授は、「災害時の人間の心理や行動は、普段に常識として理解している心理・行動とは異なる」と話します。例えば、危険なことなのに少しの変化なら正常の範囲と処理してしまう人間心理を「正常性バイアス」と言います。今まで大丈夫だったから今後も大したことにはならないと根拠なく考える「楽観主義バイアス」、経験が豊富なので自分の技術や能力を過大に評価して、危険な行動を冒してしまう「ベテランバイアス」。つまり人間は目の前のリスク情報をそのまま素直に受け取らない傾向があり、災害時には逃げ遅れにつながりかねません。「無意識に働く認知システム=バイアス」を乗り越えるために木村准教授は、「バイアスは必ず生じると理解する」「状況と行動をパッケージ化し、危機的場面に対する事前行動計画(ルール)をつくっておく(図参照)」「機先を制して場の主導権をとり、最初に動く」の3つを挙げます。

防災訓練と仕掛け人が重要

 災害への備えで重要となる防災訓練は「入り口を広く、奥行きを深く」。簡単な訓練を学校や企業、地域ごとに行い、毎年、訓練のテーマや対象者を変えることで奥行きを深くします。「地域で防災計画をつくる際には、なるべく市民を巻き込む工夫を」(木村准教授)。防災を担う仕掛け人も重要で、行政、自治会、自主防災組織・消防団・水防団などが継続的・発展的に取り組みます。

 「平成の時代に建物の耐震性などハード対策は進みましたがソフトはまだまだ。わがこと意識をもって危機管理を考え、防災訓練を」と木村准教授。安全・安心は自分たちでつくる部分が大きいのです。

公的な相談窓口の利用を 朝田佐代子氏

大阪市立住まい情報センター相談担当係長
大阪市住宅供給公社で分譲住宅の販売、賃貸住宅の募集業務を経て、09年から現職。住まい探し、賃貸借、売買、建築、相隣、分譲マンション管理など住まいの相談業務に携わる。      

  昨年9月の台風21号から2019年2月まで746件の相談が大阪市立住まい情報センターに寄せられました。その多くが建物被害への応急処置や改修の依頼先に関するもの。屋根に防水(ブルー)シートをかけたいという相談が多かったのですが、建築事業者に依頼が集中し、すぐに初期対応ができませんし、屋根のような高所作業には一般のボランティアは対応できません。順番を待つ間に不安は大きくなり、高齢者世帯や空き家にしていた実家などすぐに動けないケースでは、さらに対応は後手後手になります。

 住まい情報センターは平常時からの一般相談、法律・建築など専門家相談に加え、災害時にはホームページや住情報プラザに災害情報コーナーを設置します。「普段から気軽に相談窓口を利用し、災害時にはどのように最新情報を手に入れるか日頃から関心をもって」と朝田佐代子相談担当係長は話します。

災害がきっかけとなるトラブルも想定しておく

 強風による飛来物で、他者に被害を与えたケースも少なくありませんが、補修費用の請求や捻出、天災の場合に何が免責となるのか、知識やノウハウがなければ想定外のことに戸惑うばかりです。壊れた住宅の修理や修繕不能を理由とする立ち退き要請など、賃貸住宅の借主からの相談も増えました。

大阪府建築士会の建築相談室 荒木公樹氏

一級建築士、(公社)大阪府建築士会建築相談委員会代表吉村篤一+建築環境研究所を経て03年空間計画設立、持続可能な住環境実現のための設計・研究に取り組む。都住創シリーズの運営調査を通して都市住宅のマネジメントのあり方を探っている。     

 大阪府建築士会建築相談委員会は平成14年度から建築相談室を設置し、月曜から金曜(13〜16時、無料)で電話相談を行っています。毎日、電話相談を実施する建築士会は大阪だけで、全国有数の相談事例を蓄積しています。面接相談や現地相談(有料、申込制)も行い、災害時には市民や行政に対する支援を行います。大阪府北部地震後の電話相談は平常時の3.5倍となり、特にブロック塀の安全性に関する相談が211件と約4割に達しました。

建築士ら専門家の役割も変化

 近年の地震や台風のケースを振り返り、「丁寧に管理し、近隣と良好な関係を維持している住まいは総じて被害が少ない」と荒木公樹建築相談委員会代表は話します。

 災害に強い住まいにするためには、普段から住まいの点検・補修、耐震診断・改修とともに、暮らしをサポートする住まいの専門家と上手につきあうことが重要です。昨今、建築士は、建築物をつくる専門家から建築物を良好に維持管理する専門家へと役割が広がりつつあります。市民も、住まいとまちに対して当事者意識をもち、専門家任せにせず一緒に行動することが問われています。

 同建築士会は今後も市民への情報発信とともに災害時にはほかの専門家や他組織との連携や情報共有を進めていくとのこと。「情報プラットフォームづくりなどの取り組みも課題」(荒木代表)と話します。

災害で加害者となることも 辻岡信也氏

針原辻岡法律事務所、弁護士金沢大学工学部卒、京都大学大学院法学研究科修了、東京都市大学客員教授、ラポテック一級建築士事務所代表。弁護士として土木建築関連事案を多く扱い、まちづくりや歴史的建造物保存活動に尽力。    

 老朽家屋やブロック塀の倒壊、住まいからの飛来物などによって、災害時には被害者になることも加害者になることもあります。

 住んでいる賃貸住宅が損害を与えた場合、賃借人(借主)は責任を問われ、賃借人に過失がない場合には所有者(貸主)が責任を負います。賃貸住宅の管理を他者に任せていたとしても、また自身に過失がなくても、最終的に責任を負うのは所有者です(無過失責任)。

 放置していた空き家が危害を与えれば所有者は責任を負います。分譲マンションで、共有部分から発生した損害は、持分割合に応じて区分所有者が賠償責任を負います。「誰にとっても他人事ではない。日頃から法的責任のことを知り、わがこと意識をもって住まいを注意深く維持管理しないと」と辻岡信也弁護士は話します。

財産がまさかの負債とならないように

 理論的には天災による事故が不可抗力であれば責任を負わなくてもいいのですが、近年、大きな災害が続く中、「不可抗力が認められることが少なくなっています」(辻岡弁護士)。補修工事や賠償責任を求められ、それまで財産だと思っていた不動産が負債になることも。そんなリスクを避けるためにも、日頃から建物調査診断や計画的な修繕、災害時の事故防止措置を怠りなく、個人でもマンションの管理組合でも保険に加入することで備えます。各専門団体や自治体などの相談窓口も活用しましょう。

火災保険と地震保険のセット加入を 小幡賢治氏

CFP®ファイナンシャル・プランナー専門はライフプランニング・住宅ローン・損害保険・保障設計。99年ライフナビゲーションシステム(有)設立。ライフプランニングに基づいた住居費対策、保障設計、年金対策などを提唱。  

 火災保険は火災・風災・水災・盗難や水漏れ・破損などのリスクに備えます。しかし、「地震・噴火・またはこれらによる津波」を原因とする損害は火災保険では補償されないので、火災保険と地震保険をセットで加入します。

 地震保険の対象は建物と家財で、「全損・大半損・小半損・一部損」など損害の程度に応じて契約金額の5〜100%の範囲で保険金が支払われます。年間保険料は地域によって異なり、建物の免震・耐震性能に応じた割引制度もあります。

保険の審査のために被災状況の撮影を

 「地震保険の保険総額は、その家を建て直したらいくらかかるか、という『新価』で考えるため、築年数が古い建物でも思った以上に支払われますし、査定も迅速です」とCFP®の小幡賢治さん。

 一方、家財の損害は建物とは別に算定し、建物が無事でも地震で家財が壊れた場合には被災現場を写真に撮っておき、査定してもらいます。管理組合で保険に加入している集合住宅の場合、専有部分が無事でも共有部分に損害が出ていれば保険金は支払われます。

 まず、日常的に住まいをしっかり維持管理し、火災保険と地震保険で不安を安心に変える備えを。保険金は被災後の当面の生活再建費の一部になります。「大阪府下の地震保険の世帯加入率は31.5%(2016年損保協会調べ)とまだ低いので加入をお勧めします」と小幡さん。

かかりつけの工務店をもつ 鈴森素子氏

NPO法人住宅長期保証支援センター理事長住宅リフォーム、ハウスメーカーのコーディネーターを経て現職。住まい手と作り手の双方を支援する住宅長期維持管理・活用システム「住宅履歴情報いえかるて」を推進。著書に「住宅履歴は工務店の財産」。  

 天災で被害を受けた建物の調査を依頼された建築事業者は、通常の仕事を続けながら、「お得意様や地域の業者仲間の補修応援を先に行い、その後、突発的な調査や工事の依頼先に回ります」(NPO法人住宅長期保証支援センターの鈴森素子理事長)。どうしても顔が見える順番となり、被災者が多い分、職人不足や建材不足にも陥ります。防水(ブルー)シートをかけるだけなのに、なぜすぐ来てくれないのかと思うかもしれませんが、建築事業者のすぐ動けない事情を知っておきましょう。 

 普段から適切な手入れをし、不具合は早期に手当をできるよう、「かかりつけ」の工務店をもつことが大切です。

日常的な維持管理で災害にも強い家に

 計画的に維持管理に努めていれば住み心地もよく、災害にも強く、万一被害を受けても工務店等に早く動いてもらいやすくなります。 

 ひと月あたり5000円から1万円を目安に住まいの修繕のために積み立てておくと良いでしょう。国土交通省が進める『住宅履歴情報(いえかるて)』という仕組みを活用し、建物の情報や維持管理、リフォームなどの履歴を登録しておくと、いつどんな手入れをし、次はいつ何をするかサポートを受けられます。「どんな維持管理をしたかで住まいの安心度や快適さが変わり、災害に強い住まいにもなります。災害に対する備えは日頃の点検やリフォームから始まります」と鈴森理事長。

災害が起こる前から地域で考えられる仕組みを 
髙田光雄氏

京都美術工芸大学教授、京都大学名誉教授、博士(工学)、大阪市ハウジングデザイン賞選考有識者会議委員長、一級建築士。専門は建築計画学、居住空間学。居住文化を育む住まい・まちづくりの実践的研究を継続。  

 昨年の相次ぐ自然災害によって、さまざまな専門家が関わらないといけない、大きな問題に発展していたことがわかりました。シンポジウムでは、複数の観点から課題をつきあわせることでより議論が深められ、種々の教訓から日頃の備えのヒントが得られました。

 今回の災害の教訓の中でも、とりわけ加害者になるという側面がクローズアップされていました。

 自分の備えはできても隣近所の問題はどうなるのかということは悩ましい。行くところまで行けば専門家に入ってもらうという関係をつくらざるを得ないのです。

 被害軽減策として専門家の地域単位のネットワークという話がありましたが、被害抑止についても地域で考えていくことが重要であり、「事が起これば加害者、被害者の関係になりうるが、起こっていないうちから地域で考えられる仕組みづくりが大切なのです」と髙田教授。

被災者生活再建制度の見直しを

 「保険制度」については、地震保険の掛け金が割高に感じられ、経済的に豊かではない人たちは保険に加入する割合そのものが低くなってきます。「災害時に保険が有効に使われているということはあるが、経済的な格差が出てくるという問題点について認識をもち、今後も引き続き議論されるべき」と髙田教授は語ります。

第32回大阪市ハウジングデザイン賞の表彰式、
大阪くらしの今昔館「一日限りの蔵出し展示」を実施

  第32回大阪市ハウジングデザイン賞表彰式を行いました。216件の応募から、都市型住宅のひとつのモデルとして評価された「Fu-Riu East,West」が同賞を、住宅再生モデルとして評価された「新桜川ビル」が同特別賞を受賞し、選考有識者会議の髙田光雄委員長から「いずれも、まちに住まうということを実現する素晴らしい作品」と講評がありました。

 同時開催の大阪くらしの今昔館『一日限りの蔵出し展示』では、過去に関西で起こった自然災害をテーマに、大地震両川口津浪記石碑 拓本(掛軸)、新板大坂之図 明暦3年(1657)(掛軸)、浪花大地震見聞記 嘉永7年(1657)など7点を展示。この機会に沢山の方にご鑑賞いただきました。