ページの先頭へ
大阪市 住まいのガイドブック あんじゅ

大阪百世 まちかどから400年の歴史を体験する ー歴史目撃型XR「大阪百世」の監修から

歴史の流れとまちかどからの視点

 2025年7月から、大阪くらしの今昔館8階で歴史目撃型XR「大阪百世」が公開されています(注1)。XRは、実世界と仮想世界を組み合わせ、境界を越えた体験を可能にする技術の総称で、「大阪百世」ではゴーグルとヘッドホンをつけ、過去の大阪の仮想世界を上下左右360度の視野で体験できます。今昔館は監修の立場で協力しました(注2)。

 

 

 監修を終えてあらためて感じたのは、「大阪百世」の最大の特徴「視点を一つのまちかどに固定する」ことの力です。私たちは日々、同じ道を歩き同じ場所で過ごします。同じだからこそ、まちの変化に気づきにくく、また気づきやすい。空き地に建物がたつ。建物が空き地になって、遠くの山並みが見える。街路樹が大きくなる。見慣れた景色がいつのまにか変わっていることもよくあります。長い歴史のなかで人びとは、こうした体験を繰り返してきました。

 今昔館では、9階に近世大坂の町並みを実物大で再現し、8階では近代の住まいの歴史を6つの精巧なジオラマ模型などで説明しています。大阪の歴史にとって重要な時代を選び、歴史の変化を顕著に示す場所を再現・復元しています。ただ、長い時代を通して同じ地点に立ち続ける体験はできませんでした。「大阪百世」は、XRの力を借りて歴史の流れを体感するための新しい試みです。既存の展示の間に流れる時間を、一つの視点から見通すことを目指しました。

 

 

ジョナサン・ハガード監督の視点

 本作の監督は、ジョナサン・ハガード氏(注3)です。歴史や都市を題材に、時間の流れを映像で表現してきた映像制作者・アニメーターです。彼の作品は、一般的なCG映像のように既存の画像を合成するものではありません。監督が一枚一枚描き起こし、三次元空間として構築した、いわば「手描きの三次元アニメーション」です。建物の形状や街路の奥行き、人びとの動きに至るまで、時間をかけて描かれています。

 制作にあたり、監督がとりわけ重視したのは「身近なくらしを描くこと」でした。壮大な眺望や象徴的な建物だけでなく、通りに立ち並ぶ町家とその店構え、そこでのやりとりを描きたい。とくに四つ角の変化のなかに、歴史の流れを表現したいという強い思いがありました。

 四つ角は、人びとが交わる場所です。商人が店先に立ち、飛脚が走り、やがて市電が通り、車が行き交う。往来の変化そのものが、時代の移り変わりを語ります。監督は、その変化を一つのまちかどに凝縮したいと考えました。その視点が、堺筋平野町角という場所の選択につながりました。

 

なぜ堺筋平野町角なのか

 視点をどこに定めるかは、最初の大きな課題でした。中之島や難波橋など、景観として印象的な場所も候補に挙がりました。しかし最終的に選ばれたのは、堺筋と平野町通が交わる角です。

 江戸時代、堺筋は大坂を南北に貫く最重要の通りであり、北船場の中心でもありました。とりわけ砂糖商が集まる「砂糖の町」として知られ、小間物などを扱う店も並んでいました。平野町通は東西方向の主要街路のひとつで、両替商などの豪商や各地からの商品を扱う問屋などが立ち並び、夜店の賑わいもよく知られていました。近代には「軒切り」によって整備され、心斎橋の「心ブラ」に対して「平ブラ」と呼ばれたモダンな通りになります。町割は近世以来の街区構成を継承し、現在に至るまでその骨格を保っています。さらに大事な点は平野町通の延長線上に大坂城天守があったことで、1625年ごろに建てられた天守は1665年に焼失しますが、その天守台の上に1931年、現在の天守閣が建てられています。

 この角には、かつて櫓を掲げた建物がありました。特徴的な意匠は建て替えののちも意識され、記憶の痕跡として受け継がれました。近代には向いに生駒ビルヂングが建ち(1930年)、現在も登録有形文化財として活用されています。

 さらに重要なのは、今昔館8階に1932年設定の「堺筋」模型があることです。この模型は、綿密な調査にもとづき、街区や建物、当時の風俗まで再現しています。その模型のなかに立って、時代をさかのぼる体験ができることは、本作にとって大きな意味を持っています。

 

8階模型・生駒ビルヂングと平野町通 
この角から400年の歴史を目撃する

 

12の場面

 本作は、約400年の歴史が12の場面で構成され、そこには明と暗がくり返し現れます。出発点は、1615年の大坂夏の陣で、大坂城が焼け落ち町に煙が立ちこめます。戦乱という「暗」の時代です。しかしやがて、徳川幕府によって城が再建され、商都としての大坂が発展していき、町には商いの活気が戻ります。

 

1665年 復興した町並み・焼失前の徳川期大坂城天守が見える

 

 ところが、妙知焼などの大火が町を襲います。焼失と復興は、近世の大坂にとって繰り返される現実でした。19世紀には、大塩平八郎の乱が起こり、町は再び炎に包まれます。しかしその後も町は立ち直り、近代に入ると、堺筋は拡幅されて市電が走り、近代建築が立ち並んで、「大大阪」発展の時代が訪れます。そして太平洋戦争末期の空襲によって市街は大きな被害を受け、四つ角の景色も一変しますが、戦後、町は再び立ち上がります。高度経済成長期にはビルが建ち並び、都市は新たな姿を見せます。そして最後は現代。生駒ビルヂングが、歴史的建築として保存・活用されながら、新しい機能を担っています。焼け、失われ、再び建てられ、発展する。そのくり返しのなかで、大阪は形を変えながら発展してきました。12の場面は、その連なりを示しています。

 

2024年の町並み 夜のまちかど 生駒ビルヂングの灯りが堺筋を輝らす

 

監修でのこだわりどころ

 監修の立場では、各場面に資料的な裏付けを与えることが求められました。道路の位置や幅、宅地の形、建物の規模などを確認し、時代ごとのまちの姿を検討しました。水帳や古地図、明治初年の地図などを参照しながら、町割・宅地割の継承と変化を追いました。その時代にどんな建物があったのか、可能な限り資料を確認しました。

 また、人物の服装や商家の店先の様子、商品の並べ方、看板や掲示物、乗り物の種類なども検討しました。四つ角の往来に現れる小さな変化が、時代の空気を伝えるからです。子供たちが歌った「おんごく」、馬車や電車の音、人びとの話し声など、音にもこだわっています。

 建物の細部もこだわりました。それぞれに間取りを想定し外観の意匠を決めました。軒裏・建具なども厳密に考証しています。時代ごとの町家の意匠の変化にも注目ください。

 

(左)建物の復元例、(右)『商工技芸浪華之魁』1882年に描かれた北西角の石崎喜兵衛家と復元
出典:『商工技芸浪華之魁』( 国立公文書館蔵本より)
※本図や古写真などを参考に作画

 

監修を通して感じたこと

 作業を進めるなかであらためて実感したのは、当たり前ですが、都市の歴史は継承の積み重ねによって成り立っているということでした。戦災で町が焼けた場面を検討するときも、建物の建て替えで町の様子は一変するのですが、道路の位置や区画の形は多くの場合そのまま残っています。個々の建物は刻々変化していくのですが、地面に刻まれた都市の骨格は、時代を越えて生き続けています。変わるものと変わらないもの。その両方があるからこそ、都市の歴史は立体的になります。

 

 まちかどに立ち続ける体験は、歴史の証人になる体験でもあります。私たちはほんの一瞬を生きていますが、都市は長い時間を積み重ねています。ここではその厚みを、同じ視点から感じ取ることができます。その体験は、今昔館の既存展示を見るまなざしをも変えてくれるかもしれません。9階の近世の町並みや8階の模型が、時間の流れの中に位置づけられて見えてくるはずです。「大阪百世」は、その想像力を後押しする展示です。10分間、同じ方向を見つめるもよし(大阪城方向と北西角の櫓の方向はおすすめ)、上下左右に目を向けるのもよし。それぞれに楽しんでいただけたらと思います。

 

大阪くらしの今昔館館長 増井 正哉

 

※体験には入館料以外に別途料金が必要です。

 


注1:(株)大阪メトロアドエラ企画・制作

        XR:Extended Realityの略

注2:館の学術委員・岩間香先生、特別研究員新谷昭夫先生、植松清志先生にも参加いただいた

注3:アニメーションやVR作品で国際的に評価される映像作家。 代表作『Replacements』2021年(邦題「諸行無常」)は、仏・アヌシー国際アニメーション映画祭でベストVR作品賞受賞