106
バイローカルムーブメント —よき商いを守り育てる365日の住民運動
昨年の大阪は万国博覧会で大いに賑わいました。開催を前に「博覧会」という題字に目を留め、昨年度大阪くらしの今昔館で新たに収蔵したのがこちらの浮世絵です【図1】。
本図は明治7年(1874)に江戸で制作された、二代目歌川国輝による『大坂登り博覧会竹澤連』です。中央に描かれているのは、義太夫節の三味線の名手、七代目竹澤弥七です【図2】。弥七は一般的な三味線の倍以上の大きさの「大三味線」を操ることで知られた上方の人気者でした。
弥七はまず大三味線を大きな撥で見事に演奏した後、通常の三味線に持ち替えて、撥の代わりに扇子を開閉させながら弾き、演奏が終わると扇子を「ご免」と見物席に投げ入れました。次に毛櫛(ブラシ)を使って演奏し、観客を驚かせました。本図の弥七の傍らにも扇子と毛櫛が描かれています【図2】。
会場となった浅草の寄席「三俵亭」の前には幟や看板が賑やかに立ち並びました。その実力を見ようと集まった江戸っ子たちも、弥七の圧倒的な演奏技術とパフォーマンスに魅了され、寄席は連日大入り満員となりました。
弥七は自身の多彩な芸を「開化博覧会(に)准(へ)」と書き残したと伝えられ、題字にもある「博覧会」のように目新しい芸を披露しようという意気込みがうかがえます。本作は、明治という新しい時代のもとで変化を遂げた上方芸能が、東京の人々を魅了していた様子を伝える資料です。
※『日本演劇とともに』河竹繁俊著 昭和39年刊 を参照した。
服部 麻衣 (大阪くらしの今昔館学芸員)