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大阪市 住まいのガイドブック あんじゅ

秋夜を愛でる―草花蒔絵熨斗形香合ー

草花蒔絵熨斗形香合(そうかまきえのしがたこうごう)個人蔵
箱書きには「香箱」と記されている。

 

 満月が浮かぶ秋の野の風景を、蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)などの煌びやかな加飾技法を用いて表現した熨斗(のし)形の香合(こうごう)。香合は香料を入れる蓋と身で構成される容器で、漆器や陶磁器、竹、貝殻、金属器など、古くから素材も形も様々なものが作られてきました。

 

 本作に見られる熨斗形は結び文(ふみ)形とも呼ばれ、扇形などと共に江戸時代の小箱のデザインに好んで用いられました。その人気は国内にとどまらず、当時製作された熨斗形香合の中には、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館所蔵の《梅蒔絵結び文形香合》や、デンマーク国立博物館所蔵の《草花幾何文(きかもん)蒔絵結び文形香合》のように、蒔絵漆器を愛好する王侯貴族の多かったヨーロッパへと渡った例もありました。

 

 本作は江戸時代から続く京漆器の老舗、象彦で明治期に製作された縦五・四、横八・三、高さ二・一センチの香合で、印籠蓋造(いんろうぶたづく)りと呼ばれる、蓋と身の外側面が平らに重なる構造をしています。加飾表現に目を向けると、木製漆塗りの上に金の平蒔絵を主体として薄(すすき)や野菊、女郎花(おみなえし)、桔梗(ききょう)などの秋草が描かれ、それぞれの花や蕾(つぼみ)には部分的に銀の平蒔絵(ひらまきえ)や螺鈿技法が併用されています。夜空に浮かぶ満月の表現には、銀の薄板を嵌めた金貝(かながい)の技法が見られ、余白部分には金の薄板を小さな菱形に切った切金(きりかね)が連なるようにして貼られています。

 

 また箱の外側面では、立体的に表現された檜垣(ひがき)の間から顔をのぞかせる秋草が遠近感をもって描かれています。合わせてここでは側面の一部に凹(へこ)みを設けることで、香合を開けやすくするという実用性を兼ね備えたデザインも見られます。箱の内部と身の底面は穏やかな金色の梨子地(なしじ)仕上げとなっており、小箱の随所に高度で多彩な技法表現がちりばめられていることが分かります。

 

外箱蓋裏・落款

 外箱に付属する墨書により、本作は三井十一家のうちの小石川三井家から大阪の豪商加島屋五兵衛家へと伝わったことが明らかになりました。三井家が近代の財閥へと飛躍した明治時代に、象彦はその支援を受けながら、様々な求めに応じて高級漆器を手掛けたことが知られています。その一方で、当時製作された作品の伝存状況については北三井家や室町三井家に残された一部の作例をのぞき、詳細が不明とされています。本作はその華麗なる交流の実態を紐解く上でも貴重な資料の一つと言えます。

 

上田 祥悟(大阪くらしの今昔館学芸員)