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大阪市 住まいのガイドブック あんじゅ

船場の商家 廣野家の花嫁衣裳

廣野カツ婚礼衣装 色振袖裾模様

 昭和14年11月12日、船場の商家浮田(うきた)家の次男光治(みつじ)と廣野(ひろの)家の長女カツの婚礼が行われました。浮田家は東区北久太郎町(現中央区船場中央)で文庫紙を扱う商家。一方、廣野家は安堂寺橋(現中央区南船場)の輸出玩具商で、外国人向けの日本土産などを扱っていました。

 

 婚姻の儀式は、結納に始まり、嫁入り道具の荷物送り、これを披露する荷飾り、挙式、披露宴と、伝統的な形式に従って進められました。挙式は住吉大社で厳かに、披露宴は開館して間もない日本綿業会館(東区備後町*現中央区)で華やかに行われたといいます。

 

新郎新婦  昭和14年住吉大社

 

 写真の衣装は花嫁が披露宴で着用した色直しの振袖です。紗綾形地紋(さやがたじもん)の浅葱色の綸子縮緬(りんずちりめん)に、花車、幔幕(まんまく)、桜、梅、紅葉、菊、桔梗(ききょう)、牡丹(ぼたん)など四季折々の花が友禅であらわされ、ところどころに金糸を含んだ刺繍が施されています。

 

 幔幕には摺箔(すりはく)で亀甲(きっこう)、七宝(しっぽう)つなぎ、青海波(せいがいは)などのおめでたい文様が描かれています。友禅、刺繍、摺箔など様々な技法を駆使し、意匠を凝らした繊細な表現が随所にちりばめられたこの衣装は、工芸品といっていいでしょう。はんなり(明るくすっきりとして美しい)とした衣装が、披露宴の席を一層華やかに彩ったことが想像されます。

 

 この花嫁衣裳は、結納で婿方から贈られたものです。伝統的な結納では婚礼の式服の生地や帯地を贈りました。廣野家の結納飾りの写真には色直しの振袖の他に、式で着用された黒地の振袖と、それぞれに合わせた帯が写っています。

 

結納飾り 昭和14年

 

 浮田光治とカツの婚礼からおよそ一年後、太平洋戦争が始まり、華やかな婚礼を行うことや贅沢な花嫁衣装を誂えることが難しい時代になりました。そのため、カツの花嫁衣装は浮田家と廣野家の親族の婚礼で幾度となく袖を通され、大切にされてきました。戦中戦後の混乱の時代を経て、現在も美しい姿を保ち続けている衣装を見ると、昭和戦前期の船場商家の美意識に思いを馳せることができます。

 

深田  智恵子

(大阪くらしの今昔館学芸員)

 


※企画展「船場花嫁物語Ⅱ」(令和6年2月12日まで)では写真の振袖をはじめ、廣野家が娘の嫁入支度として誂えた衣装や装身具の数々を展示しています。