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プレゼンテーション/パネルディスカッション
プレゼンテーション
話題提供「建築シミュレーションゲームの作品シェア機能からみた外国人の和室観に関する研究」(近畿大学建築学部都市住宅研究室 塚本 伊織(つかもと いおり)氏)
2025年9月、大阪くらしの今昔館において海外からの来館者へのヒアリング調査が実施された。調査を行ったのは、近畿大学の塚本伊織さん。和室の減少に問題意識があり、「日本で和室という住文化を残したい」と外国人から見た和室をテーマに掲げ、卒業研究に取り組んでいる。
今昔館の調査では「国籍、年齢、来館目的、日本についての興味、何を見たら和室と感じるか」について聞いた。来館目的では「歴史や文化を学ぶため」が最も多く、「古い街を見る、着物体験、大阪を学ぶため」といった今昔館ならではの理由もあった。
和室と感じるものに関しては半数以上が「畳」と回答。「木、竹、紙の扉」といった素材や要素の他、「床座、靴を脱ぐ」といった行為や、「小さい空間、ミニマリスト」といった和室のイメージも回答に上がったという。
「和室を継承していくためには、現代を生きる様々な文化的背景を持つ人による和室文化の再構築が手掛かりになる」と考える塚本さんは、建築シミュレーションゲームに注目している。プレイヤーが仮想空間に建築を自由に創造でき、日本の家を造るためのパーツも販売されている。塚本さんは「室内に日本庭園を配したり、床の間を外壁に設置するなど世界中のプレイヤーが作った新しい和室」から和室文化継承のヒントを探っている。
私の和室体験
ルフェーブル・エリック氏
【PROFILE】
フランス政府認定建築士(DPLG)。フランス出身。パリ・ラ・ヴィレット国立建築大学卒業、文部科学省奨学生として来日。解体予定だった藤井厚二氏の作品「汐見邸」を引き取り、個人住宅へ再生した。現在、大阪産業大学デザイン工学部で非常勤講師。京都大学大学院博士課程で研究を進める。昨年よりRIMOND社で2025年大阪・関西万博フランス館の施工を担当。
25歳の時に日本へ来て、20年ほど経ちましたが、「なぜ日本に?」と質問され続けています。そこで私は、二つの答えを用意しています。
一つ目は、日本で学ばなければ、一人前の建築家になれないと思っていたことです。私が学生だった2000年代、日本の現代建築は世界を代表する存在でした。
二つ目は、映画で見た和の空間に興味を持ったからです。7歳の頃には、黒澤明の時代劇に登場する和室空間こそが日本の理想的な伝統建築だと信じていました。大学生になってから読んだ『陰翳礼讃』(谷崎潤一郎)の世界観は、その空間と直接的に繋がりました。10代半ばには、小津安二郎が描いた現代的な室内空間や店、町などから日本社会を理解しようとしました。
そして、日本へ留学し、最初の住まいには、畳の部屋を選びました。新しい畳の匂いは、映画から知り得なかったことなので印象に残っています。
日本で暮らす中でも、重要な出会いがありました。一つは、古い建築雑誌で20世紀初期の日本の現代建築を目にしたことです。そこには、丹下健三や村野藤吾の作品が紹介されていました。早くから西洋化が始まっていたことを知り、日本の建築空間について認識を新たにしました。
もう一つは、個人的な出来事ですが、妻の家が茶道の先生だったことです。家族になった私も、千利休作の茶室「待庵」をはじめ、たくさんの茶室や伝統的な和室空間を訪れる機会に恵まれました。
また、偶然訪れた、大山崎(京都)にある藤井厚二の「聴竹居」も印象に残っています。その後、縁があり藤井の作品である家を購入して、京都から奈良へ移築し、そこに住んでいます。フランスから日本へ来た私が、和と洋の融合に取り組んだ建築家の家で住まうという面白い生活をしています。
台湾の和室と日式住宅を通じて
郭 雅雯(クォ ヤウェン)氏
【PROFILE】
安田女子大学理工学部准教授。台湾出身。京都大学大学院修了。博士(工学)。日本学術振興会特別研究員、朝陽科技大学助教授、中原大学助教授、京都光華女子大学講師を経て、現職。専門分野は、住生活学、住宅計画、住居史、日本植民地建築。歴史的な建築の保存と再生、地域の保全にも取り組む。都市住宅学会博士論文最優秀論文賞、住総研研究選奨、日本建築学会奨励賞を受賞。
日本統治時代(1895〜1945年)に台湾で暮らす日本人のために建てられた、日式住宅の研究に取り組んできました。きっかけは、子供の頃に見たお化け屋敷のような家屋です。
私が子供時代を過ごした家は、台湾の伝統的な住居でした。「三合院」「四合院」といわれ、中庭を囲むように建物を配して、土足、椅子座の生活です。寝る時にだけ寝台に上がります。数世代、数世帯が一緒に生活をしていました。
小学生の頃に、台湾で放映された日本のアニメで、主人公たちの家があの時見たお化け屋敷のような家屋と同じだと気づきました。床に座って食事をしたり、家に入るとすぐに靴を脱いだり、私の家とは全く違っていました。そうして日本の住宅に興味を持ち、大学では台湾に残る日式住宅を研究テーマにしました。
日式住宅の特徴は、高温多湿の気候への対策と、和洋折衷であることです。風通しを考えて床を高くしたり、出窓が多く設置されたり、基礎や軒下、出窓の下部に開口部が設けられたりしています。基本は和室の生活ですが、応接間や書斎は椅子座でした。
戦後は、日本人に替わり台湾人が日式住宅を使ってきました。多くは撤去され、現在残っている数は少ないですが、中には築100年を超える住宅もあります。最近では住居以外にも、茶房にリノベーションして活用される事例などがあります。マンションが立ち並ぶ中に、低層の日式住宅が残っており、100年前に植えた木もあって茶房にぴったりの場所です。
畳の上でくつろげることや、庭と自然が一体になって過ごせることなど、日式住宅の特徴や価値を理解して、あえて和風の様式を残す事例もあります。畳の部屋や靴を脱ぐ習慣はもともとなく、台湾人にとっては必ずしも使いやすいとは言えません。それでも、100年後の今に日式住宅や和室が継承されているのは、いい物を造っていたからだと考えています。
寝床の植民地 台湾漢人の起居様式をめぐる民族誌
青井 哲人(あおい あきひと)氏
【PROFILE】
博士(工学)、明治大学理工学部専任教授。愛知県生まれ。専門は建築史・建築論。ポストコロニアル建築史研究、災害史研究、家族史研究、建築批評など幅広く展開。単著に『ヨコとタテの建築論』(慶應義塾大学出版会)、『彰化一九〇六年』(acetate)ほか。共著に『戦後空間史』(筑摩選書)、『津波のあいだ、生きられた村』(鹿島出版会)ほか。ジャジャハウス管理人。
日本が植民地支配をしていた時代に、台湾の一般的な漢人の住宅に「和室的なもの」が数多く造られました。「總舗(ツォンポオ)」と呼ばれる寝床がそれで、20年ほど前、台中の田園地帯にある妻の実家で初めて出会いました。私はこの発見に驚き、植民地支配が台湾の人々の生活にどんな変化をもたらしたのかに興味を持ち、研究を続けています。これまでに500件近い總舗を見てきました。
總舗は、「和室」ではありません。總舗は「寝床」であり、部屋いっぱいの幅に造られた揚床が壁に固定され、建物の一部のようになっているものです。伝統的な住宅である三合院や四合院の寝室に總舗が造られ、畳や障子、欄間など「和室的」な要素を取り入れたものもあります。
いろいろな造り方があり、和室的要素が一切含まれないものも總舗と呼ばれます。伝統的なベッドの脚部を持ちながら、部屋いっぱいの揚床の寝床を造った事例もあり、ベッドが拡張されたものであると考えています。
調査のなかで、總舗は、日本統治時代に漢人が暮らしたエリアに造られたことがわかってきました。統治時代の半ば、1920年代に始まり、1930〜40(昭和10〜20)年代に増え、戦後も60年代まで盛んに造られました。
總舗が発展・普及した要因と考えられるのが、家族あたりの人口増加です。この時期、医療・衛生環境が良くなり、伝染病による子供の死亡事例が減少しました。漢人は息子たちの夫婦や子が、親と共に暮らす、共同体家族形態です。世帯人数が増加したことで、寝床の確保に苦慮した結果、多くの人が雑魚寝できる和室的な寝床が必要となったと考えています。畳や障子を取り入れたのは、日本の意匠が良いと思った中流層以上の人たちでした。
戦後には部屋全体が揚床になったり、高さが低くなったりと、変化しながらも總舗は現在まで残されています。
日本近代住宅における和室の展開——洋風化の中の和室
内田 青藏(うちだ せいぞう)氏
【PROFILE】
神奈川大学特任教授、現代・和室の会会長。秋田県生まれ。工学博士。専門は近代日本建築史・近代日本住宅史。日本建築学会賞(論文)、日本生活学会今和次郎賞、日本生活文化史学会賞を受賞。著書に『日本の近代住宅』(鹿島出版株式会社)、『間取りで楽しむ住宅読本』(光文社新書)など多数、和室の会の共著として『和室学』(平凡社)、『和室礼讃』(晶文社)など。
幕末期に日本を訪れ、伝統的な住宅で生活をしたフランス人C・モンブランは見聞記に、和室はヨーロッパ人にとって驚くべき簡潔なものであると記しています。畳敷の部屋に入るには靴を脱ぐため、とても清潔な住まいであるとも書きました。アメリカ人E・Sモースは、日本人は生まれてから死ぬまで食事も就寝もすべて畳の上だとし、住宅の特徴は「畳」にあると紹介しています。
畳に加え壁の造りにも特徴があります。日本の伝統的な建物は柱や梁、建築を構成する部材を見せる「真壁(しんかべ)」で構成されています。一方、西洋建築のように厚い壁の中に柱などが隠れているのが「大壁(おおかべ)」です。日本の住宅の近代化は、真壁と大壁を併せ持つ様式への変化といえます。
こうした変化を展開した建築家が吉田五十八で、「真壁大壁方式」を生み出しました。大壁造の中に、真壁造の中から必要な部材だけを配したシンプルに見せるデザインを展開しました。これからの時代はモダンで新しい美意識による建築を志向すべきと考えたのです。
明治の頃には和の建築の隣に洋館を建てる形式が生まれ、大正期に入ると生活の中心は和室にありながら、応接間や書斎として洋室があるスタイルも見られます。畳敷の上に背の低い椅子を置いて床座と共存させるなど、洋風の影響をうけつつも日本の伝統を大切にする文化もありました。和と洋の混在する建築をどう造るかが、建築家にとって大きなテーマの一つとなっていたのです。そのひとつの到達点がこの真壁大壁方式だったのです。
現在の問題としては、日本の伝統的な住まいのありようがうまく継承されておらず、和室が消えつつあるということです。私はもう一度、和室や付随する文化を学び直し、見直そうと「現代・和室の会」を立ち上げました。新しい時代に即した和室を造り、楽しんでいこうと考えています。
近代和風建築の多様性と見所——様式(スタイル)と表現より
山形 政昭(やまがた まさあき)氏
【PROFILE】
大阪芸術大学名誉教授、関西学院大学フェロー。工学博士。大阪府生まれ。京都工芸繊維大学大学院修了。専門分野は建築歴史・建築計画学。日本の近代建築及び和洋の住宅建築に関心があり、大阪の歴史的住宅調査など、とりわけヴォーリズの建築に関して研究を行い、著書には『ウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築』などがある。社会活動では各地の歴史的建築の調査、保護に関わる。
伝統的な和風建築にはどのような特徴があり、どう変容してきたのか。また、近代における和風建築の新たな展開についてお話します。
まずは「町家・商家」といった住まいとしての伝統建築は、畳敷きの座敷があり、そこに中庭の緑や光、風などが合わさった総合的な空間です。今昔館8階「北船場」模型にある小西家住宅がそれで、ガラス障子を取り入れるなど、非常に美しく整備されています。
「書院造り」は床の間や棚、書院窓がある伝統的な様式の一つです。さまざまな広さの座敷と組み合わせて接客の場としてアレンジされてきました。別荘として建てられた琴ノ浦温山荘園の本館には広大な書院式の座敷があります。
そして、「数寄屋・茶室」は茶の湯の文化で、より密接に客をもてなす場として、住宅の一部にも取り入れられてきました。その空間は、線と面の構成を洗練させながら単純化する表現へと発展し、和モダンの源流となっているのではないかと考えます。
次に、近代において見られる和風建築の創作的な試みについて。藤田徳次郎邸の洋間紹鴎という部屋はいわゆる洋間ですが、天井や床の間、床などは和の構成を踏まえた造りになっています。和の伝統を発展させる形で、和洋織り交ぜた造りに挑戦する事例が他にもあり、和のたくましさが見てとれます。
私が研究するウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築でも、和と洋の組み合わせが見られます。日本の伝統的な建築の継承において、洋風との融合による持続的展開には今後も可能性があると考えます。文化財として登録するだけでなく、生活の中で生かしながら活用する方法が検討されるべきでしょう。和室は、単なる建築の一種にとどまらず、近代には多様な和風が登場してきました。日本の文化的な営みと接点をもちながら現代に伝わっていくのではないでしょうか。
パネルディスカッション
基調講演、パネルディスカッションを通して、外国人の視点や、近代の伝統建築研究の観点から和室の特徴や課題が語られた。締めくくりに、改めて和室の本質的な価値や今後の展開について全員で意見を交わした。
和室とは?を考え続ける
日本人建築家の住居を移築し、自宅として生活するルフェーブル・エリック氏は「私の家族は和室で全員が川の字になって寝ています。寝るだけでなく和室で様々なことを行う結果、そこに生活の時間が蓄積されていくと感じています。和室を必要とされない時代ですが、用を保つ方法を考えていかなければと思っています」と和室を使うことの重要性に言及した。
郭雅雯氏は、現在の台湾で日式住宅が住まいとして選ばれる理由について「都会の中で庭付きの一軒家に住み、緑に囲まれるという贅沢な空間は他にない」という声が多く聞かれたと紹介。それは、縁側から望む庭の景色や開放感、木材を中心とした自然のものに囲まれる安心感などが理由であると語った。また「今日の話を聞き、保存・改修方法は日本でも様々であることがわかった。今後の課題はどこまで保存すれば和室と呼べるのかを検討することだ」と述べた。
和室の多面性について、青井哲人氏は「總舗は基本的に寝床だが、子供が遊んだり、麻雀をする場にもなる。多様な使い方ができるのは和室に限ったことではないが、それが和室の本質でもある。また、多くのリテラシーが厳しく要求される点も和室の本質と言える。正統的ではない和室的なものが広がっている状況も含め、和室の再解釈は起こり続けるだろう」と語った。
和室を未来へ引き継ぐために
ウスビ・サコ氏は、「全員が一致したのは和室の重要性だが、造り続けなければ、技術も文化も継承できない。どういった組織、手段、制度で日本の住宅に和室を残していくのか、どのような付加価値を付けて後世に残すのかがもっと議論されるべき」と語った。
和室の魅力を再確認し、残すための議論への参加を呼びかけた内田青藏氏は、和室の未来について、「伝統的なものも含めて、先人がどのように和室を造ってきたのか理解し、原理原則を踏まえた上で今後も新たな和室を造っていくことが重要だ。そして、和室を生活の中に取り戻していきたい」と述べた。
山形政昭氏は「和室が持つ多面的な魅力は、良い建築や文化財の見学を通して知ることができる。しかし、見学対象としてだけ残るのは大変もったいない。建物だけでなく、和の世界のしきたりや衣食住の豊かさなど様々な文化を、精神性も含めて体感できる場が必要だろう」と述べ、互いに和室を継承するための意識を高めていきたいと呼びかけた。
最後にコーディネーターを務めた今昔館の増井館長は、「様々な使い方、楽しみ方、暮らし方があるなかで、和室の多面的な価値が生まれてくることがわかった。このことを語りつづけていることに加え、和室を引き継いでいくための具体的な議論を進める必要がある。今昔館は博物館として資料収集や展示室の活用を通じて和室文化の継承に役立っていきたい」と締め括った。
国際シンポジウム開催概要
万博関連特別イベント国際シンポジウム
外国人から見た「和室」の価値
令和7年9月27日(土)13:00〜16:00開催
【基調講演】
「日本の住まいと多様性―外国人から見た『和室』の価値―」ウスビ・サコ氏
【話題提供】
塚本 伊織氏(近畿大学建築学部都市住宅研究室)
【パネルディスカッション】
青井 哲人氏(明治大学理工学部専任教授)
内田 青藏氏(神奈川大学特任教授、現代・和室の会会長)
郭 雅雯氏(安田女子大学理工学部建築学科准教授)
山形 政昭氏(大阪芸術大学名誉教授、関西学院大学フェロー)
ルフェーブル・エリック氏(フランス政府認定建築士[DPLG])
コーディネーター:増井 正哉(大阪くらしの今昔館館長)
コメンテーター:ウスビ・サコ氏