105
基調講演 日本の住まいと多様性―外国人から見た「和室」の価値―
ウスビ・サコ氏
【PROFILE】
京都精華大学 元学長/同大 名誉教授
マリ共和国生まれ。1991年来日、1999年京都大学大学院修了。博士(工学)。専門は空間人類学。京都をフィールドに社会と建築の関係性を様々な角度から調査研究する。京都精華大学教員、学部長を経て2018年4月同大学学長(~2022年3月)。主な著書に『「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと』(大和書房)、『アフリカ出身 サコ学長、日本を語る』(朝日新聞出版)など。2025年日本国際博覧会協会副会長・理事・シニアアドバイザー兼任。
「和室」との衝撃の出会い—押し入れのリテラシー
京都に暮らして34年経ちました。ずいぶん長く暮らしていますが、日本に来て最初に驚かされたのは「和室」でした。学生時代に畳が敷かれた四畳半の部屋に住んでいました。部屋の奥に扉があって、その中には布団があり……最初の1週間は押し入れで寝ました。日本が狭くてもさすがにこんなベッドルームはないだろうと、とても驚きました。
私には、使い方、ルールといった和室のリテラシーがありませんでした。日本の家で暮らすには、非常に多くのリテラシーが必要です。日本人はどうやってそれを知るのか質問してみたいくらいです。おそらく、日本に来た多くの外国人がトイレのスリッパを部屋まで履いてきてしまう経験をしているはずです。
ちゃぶ台を出せばダイニングになり、布団を敷けばベッドルームになる。ミニマルな空間だけど、多機能化しているのが和室の特徴です。実は、私が生まれたマリの住まいにある中庭も団欒したり、調理したり、多様な使い方をします。それぞれの道具を置くことで、空間の機能が変化するのです。
ミニマルでフレキシブル、知識が集約された空間
壁が少なくて風通しがよく、襖の開け閉めで空間を広げたり区切ったりできる。和室は非常にフレキシブルな空間でもあります。以前、あるお寺で、アフリカの布を使った着物の展示をしました。多くのヨーロッパの建築は機能が固定化されており、和室のような柔軟性はありません。和の空間だからこそ、良い展示ができました。
さらに、和室には、ミニマルな空間の中にホストとゲストの関係、物と人との関係など多くの知識が高度に集約されています。日本の文化や日本人の心を象徴、表象しているのではないでしょうか。茶室に生けられた花や、飾られた掛け軸の意味、靴の脱ぎ方やスリッパのルール、招かれた家のどこまで入っていいのか。人々は、それぞれの知見で空間を理解しているのです。
京町家とコミュニティ
私が和室や日本の空間に興味を持ち始めたきっかけは、京都の町家でした。京町家は一つの家だけでなく、隣接する通りも空間として認識し、道を挟んだ両側町というコミュニティを形成しています。同じ生業を持ち、生活共同体として暮らしてきた歴史があります。
建築と人間の関わりを研究する空間人類学に携わる私は、和室を理解する上で、文化的なアイデンティティを理解する観点から建築を眺めることが重要ではないかと考えています。
和室への憧れから、仲間と共に古い長屋の再生に取り組んだこともあります。大工さんの指導を受けながら改修しましたが、ただ直すだけではだめだと気が付きました。私たちの活動する時間帯や生活音などが周辺住民は異なるため、関係性づくりが必要でした。長屋と隣接する空間、近隣との関係性の中で、和の空間が成立することがわかりました。
京都に暮らして30年以上になりますが、まだまだ町家や和室、京都の空間は謎だらけで、興味が尽きません。
多様であることを認識し「楽しむ」
「外国人から見た」というテーマですが、世界はグローバル化しており、人・物・情報が国境を越えて自由に行き来し、共有されている時代です。行き来した人・物・情報の価値は一つの国の判断で決めることができません。
そこで最も重要となるのが、多様性です。人種・性別・宗教、性的嗜好、社会的・経済的背景および、民族性はそれぞれ異なります。日本では差を否定的に捉えて埋めようとする傾向があります。しかし、多様性を認めるためには違いを認識し、その差を楽しむことが重要です。お互いに違うことを楽しめることが、日本に来る外国人の求めるものではないかと思います。
日本に来て、和室がフレキシブルであることにとても驚きました。現代においては和室が不便だと言う人もいますが、多少の不便も楽しいのではないかと私は思っています。多様性を受け入れられる和室の柔軟性を、今後どのように活用するのか。海外にルーツがある立場として、便利か不便かではなく、心理的な落ち着きがある大切な空間として、和室を長く残していってほしいと思っています。