107
【基調講演】 建築のリレー
近畿大学建築学部教授、SPEACパートナー
宮部 浩幸(みやべ ひろゆき)氏
1972年千葉県生まれ。1997年東京大学大学院工学系研究科修了。北川原温建築都市研究所、東京大学工学系研究科助手、リスボン工科大学客員研究員を経て、2007年スピーク(SPEAC)パートナーとなる。2015年より近畿大学建築学部准教授(建築・都市再生デザイン研究室)。2021年より同教授。建築作品に「パブリック・ハイツ」「兜町第七平和ビル」など。2022年、建築・都市再生デザイン研究室が参画しているOsaka Metroエリアリノベーションプロジェクトが国土交通省「第1回まちづくりアワード(実績部門)」特別賞を受賞。主な共著書に『世界の地方創生』『リノベーションの教科書―企画・デザイン・プロジェクト』。2025年11月著書『リレーとしての建築 リノベーションの実践と思想』を出版。
かつて、建築はリレーだったはず
「開発/つくる」と聞くと、無意識に更地からのスタートをイメージするのではないでしょうか。しかし、歴史を遡れば、建築は引き継いでいくものでした。重機もない時代には建てることも壊すことも大変な時間と労力を要し、何代にもわたって手がけていました。壊すのではなく、手をかけて次の世代へと建築をリレーしてきたはずです。その後、技術が発達した現在においては、既存の建物を壊して新しいものを建てることが当たり前となっています。
建築を残すことにどんな意味があるのか、人の営みに何らかの影響を与えるのか。2つの賃貸住宅のリノベーション事例を通して考えてみたいと思います。
記憶、思い出を残したい
一つ目はRC造のアパート「パブリック・ハイツ」です。オーナーの祖父、父ともに編集者で文化人たちとの交流の思い出があり、この建物を残したいと考えていました。隣に建つ木造アパートも一緒にという依頼でしたが、そちらは建て替えが必要となりプランニングのみを担当しました。
木造アパートに使われていた建具を見ると、サイズやデザインが多種多様でこだわりを持って作られていることがわかりました。そこで、RC造の改修に再利用できると考え、解体前に使えそうな建具を全て保存。それらをいろいろな組み合わせで、RC造アパートの各部屋や、共有スペースの仕切りなどに使用しました。
代々のオーナーが収集した絵画作品などがあり、階段室など共用空間に展示。1階には小さなオーナー専用の部屋を設けて、文豪の手書き原稿などを展示しています。また、エントランスと1階のピロティを隣り合う2棟で共用することで、木造アパートもオートロック付きとなりました。
リノベーションによって生まれ変わる建築空間に、代々のオーナーが積み重ねてきた家族の歴史を残すことで、世代を超えて語ることができる要素が賃貸住宅に備わりました。
アパートかシェアハウスか
次に、「龍宮城アパートメント」を紹介します。依頼を受けた当時で築60年、12部屋、風呂なしの賃貸住宅でした。丁寧に管理されていましたが空室が増え、賃貸中の部屋も倉庫として使われている状況でした。先代オーナーが「乙姫ちゃん」と呼ぶ妻のために建てたので「龍宮城」という名前をつけたそうです。現オーナーも思い入れがあり、残す方向で進めることになりました。
周辺の賃料相場や環境を調査し、アパートとして残す場合と、シェアハウスにする場合の2つのプランを作成しました。前者は水回りの改修費が大きい上、家賃は現状維持。後者では、部屋数は減るが水回りが共有でき、現状より高い家賃にできる見込みがありました。結果、シェアハウスとして「損して得とれのプランニング」でのリノベーションを行うことになりました。
全12部屋のうち、人気が低い2部屋を共用ダイニングキッチンへと改修。廊下側の壁を外し、ガラスをはめたり、引き戸をつけたりして特徴ある共有空間が生まれました。
居室はもともとこだわりを持って作られた内装で、畳をフローリングにする程度の改修にとどめ、耐震改修や断熱補強にコストをかけました。
人の営みを継承するためのリノベーション
リノベーションは、オーナーの思いや建築、まちをひとつながりに考え、全体の世界観を大切にしたデザインや方法で行うべきだと考えています。例えば、龍宮城アパートメントでは、昭和風情が残るまちに馴染むデザインを取り入れました。


古いものも大切にする、レトロな雰囲気を好む人たちが集まり、高い稼働率となっています。住まう部屋や建築だけでなく、まちそのものにも愛着を持つ居住者が集まるリノベーションを目指した結果です。古いだけでもない、新しいだけでもない時間の奥行きがある空間が生まれると、それに共鳴する人々が自然と集まってきます。
「建築のリレー」は過去の人の続きを作ることです。過去の人が積み上げてきたものをゼロにせず、その意味を振り返り、少しだけ積み足してより良いものに育てる。建築が残ることで、記憶が継承され、まちの個性が守り育てられ、まちの価値が顕在化していく。人の営みを連続する文脈として継承していくことを可能にします。
建築や都市は必ず古くなります。古くなった状態が未来の誰かにとって好ましい状態であれば、新たなデザインや継承の手がかりになる。「建築のリレー」が繰り返されたその先には、私たちが生きる時間の前後にまで感覚を拡張して楽しむことができる建築や都市が待っています。