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大阪市 住まいのガイドブック あんじゅ

企画展 「古民家を直して暮らす」を開催して 古民家の魅力と古民家を残す意義

近年、「古民家再生」という言葉を目にする機会が増えている。背景には地方での暮らしへの憧れ、コロナ禍をきっかけとしたスローライフや自然との共生への関心の高まり、そして環境に配慮した住まいへの意識の変化がある。

 

「古民家再生」を生活者目線で発信する試み

 

 大阪くらしの今昔館では、令和7年度の企画展として、イラストレーターの綱本武雄さんが暮らす古民家を取り上げた「古民家を直して暮らす」を開催した。今や古民家再生は、宿泊施設、商業施設、ワーキングスペース、イベントスペースなど、多様な活用が展開されているが、本来の「住まい」としての再生に着目し「古民家を直す楽しさ、古民家に暮らす豊かさ」を発信することを趣旨とした。

 綱本さんの家は、河内長野にある築140年の農家建ての住宅で、元は綱本さんの妻の祖父母が暮らしていた。祖父が亡くなった後、約7年間空き家となっていたが、「先祖が大切にしてきた家を何とかして残したい」という妻の祖父方親族の思いを綱本夫妻が引き受け、改修を施してこの家で暮らすことを決めた。綱本さんは、古民家改修の経験者として、また、古民家に暮らす生活者として、自身の経験を公開することで、古民家暮らしを考えている人の応援をしたいとこの企画に臨んだ。

 

綱本家 葦葺き屋根、漆喰壁、出入り口の大戸などが目を引く趣深い外観

 

 展示は、①改修過程とその後の暮らしぶりを描いた綱本さんの連作『わたしはいえ』(描きおろし)、②改修計画から入居後までの経過を年代順に示した「改修年表」、③河内長野の古民家を取材したイラスト作品(描きおろし)、④綱本さんが書籍や雑誌で発表してきたイラスト作品、その他、改修の計画図や間取り図、改修前と改修後の比較写真、屋根葺材料と道具などを紹介するコーナーで構成した。

 

「解体作業」『わたしはいえ』より 綱本武雄

 

 本展の反響は大きく、多くの来場者を集めた。当初、古民家暮らしを考えている人、建築ファン、建築学科の学生や教員といった層を観覧者として想定していたが、10代~20代の女性のグループや家族連れ、外国人など、予想外に幅広い層の人に観覧いただいた。観覧者からは、「古民家の改修を得意とする建築事務所や工務店を探している」、「改修期間や費用はどのくらいか」といった問いかけが多かった。また、会期中に開催したトークセッション「古民家を直してつなぐ」では、古民家改修の相談を受けているという工務店や職人から、断熱の方法や、設備と内部空間の調整の工夫など、工事の具体的なノウハウについての質問が出された。このような状況から、「古民家を改修・再生した住まい」の需要が高まっていることを実感した。

 本稿は、展示で紹介できなかった綱本さん、綱本家の改修を統括した輝建設株式会社の小原響さん、屋根の葺替えを担った株式会社葭留の真田陽子さんが語った古民家再生への思いを紹介し、本展を通して見えてきた古民家の価値とその保存・再生の意義について考えたい。

 

「古民家」の魅力

 

 綱本さんは、妻の祖父の家を改修することに決めた理由を、「古い家も道具も、先祖から受け継いだ大切なもの。寿命がまだまだ残っているのなら天寿を全うするまで使い続けたいと思った」と言う。

 綱本家の屋根は箱軒を載せた葦葺だ。自然素材の素朴で柔和な趣が外観の大きな魅力だが、空き家となっている間に茅は痩せて劣化し、鴨が巣を作っていた。家の相続の際、祖父の親族は茅葺屋根を維持することを強く望み、屋根の補修費用を加算した。葺替えを担った葭留の真田さんは、自然素材を使った古民家の魅力をこう語る。

 

真田 陽子(さなだ ようこ)さん
自身で葺いた茅葺屋根の古民家で暮らす。

 

 「ヨシ葺きの屋根は大量のヨシが寄り集まり厚みとなってできていて、家を風や雨から守っていくうちに、1本1本が少しずつ短くなり、屋根の厚みが減り、やがて修理の時期を迎えます。この段階になると、ヨシは風化していて、触るとポロポロと折れてしまいます。葺いてから長い年月が経っている屋根や、日当たりや風通しの悪い屋根では、ヨシは土のようになり、上に苔が生えていることもあります。これを見た時に、私は自然の仕組みの素晴らしさに強い感動を覚えました。ヨシは時間とともに屋根材としての役割を終えて、地に還るのだと。人間の作る多くのモノは使われなくなった後ゴミとなってしまい、自然に負荷をかけてしまいます。でも、身近にとれる自然素材で屋根を葺く、住まいをつくることが、身近な景色、文化、環境を守ることと繋がっているのです。」

 

古民家暮らしを実現するノウハウ意匠・雰囲気・性能・予算

 

 小原さんが代表を務める輝建設株式会社は、1993年に創業し、ブームに先駆けて古民家再生を手掛けてきた。多くの実績があり、豊富な知識と技術を蓄積し、古民家再生に関して独自の設計思想を構築している。会社事務所は、登録有形文化財となっている築250年の古民家だ。古民家改修について、「既存の物に新たに手を加えることで、意図していなかった効果や面白さが現れることが醍醐味」と話す小原さん。古民家再生について特に「核」になっている考え方を語っていただいた。

 

小原 響(こはら きょう)さん
好きな古民家は聴竹居、志賀直哉旧居など。

 

Ⅰ 「残す」と「変える」のメリハリ設計

 「単純な保存でもなく、単純な刷新でもない。大きく変えない場所と利便性を優先する場所の強弱をつけることを意識しています。特に間取りの再構成やLDK化をするときでも、柱梁や空間の骨格は残すようにしています。“全部きれいにしない”という選択が古民家の価値をつくる、と考えています。」

 

Ⅱ 「再利用」は思想である

 「床板を戻す、建具を活かす、梁を見せるなどの部材の再利用は、単なるコスト削減ではなく、その家の時間を引き継ぐ作業。古材のストックや移築的な発想まで含めて、素材を循環させることに取り組んでいます。」

 

Ⅲ 「空気感」は素材だけでは決まらない

 「大壁にするか真壁にするか、電気は隠すか見せるか、光量はどれくらいが適切かなど、空間のコードを読む視点が重要だと考えている。ただのデザイン論ではなく、建物が持っている時代の文脈を読む姿勢、歴史を経てきた建物と、ここで暮らしてきた人へ敬意を払うことを重視しています。」

 

Ⅳ 「断熱と気密」はバランスで

 「古民家再生では「断熱と気密」がとても重要なポイントになります。断熱工事で留意しているのは①床と天井は意匠を崩さずに入れやすい、②壁は意匠とセットで考える、③窓は意匠を壊さない工夫をする、という3つです。

 さらに断熱だけでなく、できるだけ隙間を丁寧に塞ぎます。隙間を詰めることで、暖気冷気が溜まりやすくなります。絶対的な性能が低くても、相対的に向上すればOKぐらいの気持ちで。断熱材よりも気密材の方が安いので、費用と性能の調整ができます。完璧主義に陥ると工事計画がまとまりにくくなります。」

 

Ⅴ 予算は「段階構造」で考える

 「古民家改修のレベルを第1段階:水回り・電気整理、第2段階:内装更新、第3段階:耐震、第4段階:屋根、と分解して考える。全部やると新築が一軒建てられます。このことを最初に施主に説明し、何を選択するか考えてもらいます。 

 古民家再生は、「保存」でもなく「最新化」でもなく“編集”に近い。構造を読み、予算を整理し、性能を整え、雰囲気を壊さない。そのバランスを取ること、これが古民家再生の軸だと考えます。」

 

なぜ古民家を残したいと思うのか

 

 真田さんも自身で屋根を葺いて改修した古民家で暮らしている。その古民家暮らしについて、「古い家を直して、住まいとするためには、新しい家を建てるのと同じくらいお金はかかりました。時間と労力もたくさんかかりました。でも、暮らしはじめて、かけがえのない時間と特別な居場所を与えられたように思っています。直せばまだ住める、記憶とか思い出のある家を簡単に壊すのではなく、手を入れて、直して住むという選択を一軒でもしてもらえたらいいなと思っています。」と思いを語った。

 綱本さんは、「相続で、住宅として十分に機能する建物が取り壊されていく事例をいくつも見てきました。家の取壊しとともに敷地も分割され、新築の建売住宅が建てられ、地域の風景が一変してしまうのです。

 古い家も道具も、先祖から受け継いだ大切なもの。寿命がまだまだ残っているのなら天寿を全うするまで使い続けたい。今の基準で新しい家を建てれば、今、住みやすい家は作れる。でも、果たしてそれは、この先も長く使い続けられるものなのだろうか。これまで長い時間をかけて使われてきた建物を直すことで、さらに長く使い続けていけるのではないか。そういう価値観を住み手から広められないかと考え、今回の展示企画に臨みました。」と力を込めた。

 

綱本 武雄(つなもと たけお)さん
自宅庭で鶏を飼う。鶏小屋は綱本さんが造った。

 

 企画展「古民家を直して暮らす」を開催し、古民家の魅力と古民家を保存することの意義を問い直した。長い年月を経て、傷がつき古色を帯びた柱や梁、土壁は、趣深い空気感を放ち、古びていても心地良いと感じる空間を作り出す。それは、古民家が単なる「古い家」ではなく、積み上げられてきた暮らしの歴史や文化を体現しているからに他ならない。古民家を再生し使い続けることは、暮らしの記憶と文化、地域の風景を未来へと引き継ぐことなのだ。本展を通して、古民家で暮らすという選択が、これからの住まいの一つとして広がりつつあることを感じた。

 

深田  智恵子(大阪くらしの今昔館 学芸員)