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大阪市 住まいのガイドブック あんじゅ

水の神様住吉大社宮司 髙井 道弘

 

 私が奉仕する神社は、大阪・上町台地の南端にある。社伝によれば一八〇〇年もの昔に鎮座というほどに古い。住吉の神様は、古事記、日本書紀といった古典にも登場する厳然とした海の守り神だ。

 我が国は島国で、海洋国家である。古代、当地は住吉津(朝廷の船着場)と称した、外国との交易の玄関口であり、歴史上有名な遣唐使は、海の神(住吉の神)に航海の安全を祈り、難波の海から出航していった。

 そもそも地球は三分の二が水で覆われている。しかも、地球上の最初の生物は海の中で生まれ進化して今日に至ったとのこと。神話でも原初の海から始まっており、いずれにせよ生命の根源は海(水)である事は疑いないだろう。ところが、今日は世界で「水の危機」を声高に叫ぶ時代だ。それでも幸いなことに、我が国は水に恵まれている。先人たちは、その水の尊さを知り、永い年月をかけて豊かな稲作文化を育んできた。

 大阪湾に流れ込む川々の水源、京都には貴船神社、奈良には丹生川上神社があり、いずれも水の神である。海水が蒸発し、雲となり雨となって降りそそぐ。その雨の一滴一滴は、木や森や豊かな山々に保水され、また、流域の養分を集めて川となり、下流の町々を潤しつつ大阪湾に注ぎ、さらに豊かな海を育てるのであった。

 天皇陛下には、水問題をライフワークとしてご研究遊ばされ、その中で「水は全ての地域や国々において人々の生活の安定と社会の発展のためにかかせないものです」「また水はあらゆる生命の根源であり多くの恵みを与えてくれる」「一方、時に大きな災害をもたらし生命にとって脅威となります」とご発言になった(御著『水運史から世界の水へ』NHK出版)。

 かつて、作家イザヤ・ベンダサンは著書『日本人とユダヤ人』のなかで、日本人は「水と安全」はタダだと思っていると記した。さらに記憶を遡ると、映画「ブッシュマン(改題コイサンマン)」主人公カイを演じたニカウが日本に招待されたことがあったが、帰国に際して土産に「水道の蛇口」を希望したことがあった。世界では水を汲むのが一日の仕事である所が数多くあり、水に恵まれた環境に生活している私たちには、あまりに印象的な場面であったのだ。

 私達は水があるのが当たり前で、空気の様にあると思っている。それは日本の恵まれた環境、自然の恩恵に感謝するばかりだ。時には、その自然が甚大な災害をもたらすこともあり、人間の力ではどうにもならないこともある。だからこそ、人智を超えた偉大なもの(サムシング・グレート)を神様として、畏れ敬い尊び祀るのであろう。その恵みに只々感謝しながら今を生きてゆく。それが日本人の自然観と思うのである。